オーストロネシア――熱帯動植物文化の探求・聖樹カジノキ再び
次はカジノキ(Broussonetia papyrifera、クワ科*1コウゾ属。漢字で「榖」*2)の話をまたしよう。以前のカジノキ記事の続きだ。でも、ラピタ人とブタとニワトリにも触れる。
まずは、そのときの論文よりちょっとだけ前の2014年12月の論文をさらっと。
約8000年前の最古の樹皮加工具(樹皮を叩いて柔らかくする石器)も、問題の地域・広西のDingmo site(百色市・布兵盆地洞穴遗址群)で出ていた。揃うねえ。
The oldest bark cloth beater in southern China (Dingmo, Bubing basin, Guangxi)
カジノキの起源地もイネと同じそこらあたりだろうと、以前の論文(A holistic picture of Austronesian migrations revealed by phylogeography of Pacific paper mulberry)の分布地図(次の図)から予測していた。
ベトナム・広西側に茶色34があり、広東側に二種の緑系統がある。黄色20以下のルーツ系統と、青・水色系統はどちらにもあるため、このあたりが分散の中心だと考えられるわけだ。
さらに、日本の水色28と共通の水色28(と先祖31親戚27)が広東にあるため、日本のカジノキは遙か中国南部から来たんじゃないか、というのが以前の記事だった。
倭人が中国南部の百越や越と関係するというのはかなり昔から言われてるが、カジノキはその物証となりうるのだ。*3
ところで、このカジノキ分布図の台湾データが、別の面白さを持つ。
かなり調べられているが、カジノキ最古の黄系統はない。しかし、赤・明るい緑・淡い青と三種類の別系統がある。そして、はっきりと地域性がある。
これは、台湾内部の文化圏・伝来の違いに対応するのではないか?
分岐を見ると、淡い青系が、元は不明で分岐枝が長く台湾東側に残った感じで、おそらく時代的に最も古い伝来で、もともとの自然伝播かもしれない。(台湾が氷河期に大陸と陸続きになったことをお忘れなく)
南北に分かれた赤と明るい緑系統は、赤系のほうが元が大陸になく枝も長い分だけ古そうだ。北寄りの緑はほとんど1で、一気に広まった感じ。
ただし、利用部族の違いや環境条件もカジノキの分布に影響してるかも知れない。この明るい緑と赤の境目は、北はほぼTaokas族(道卡斯族。閩南語表記で大甲(Tāi-kah)族*4)までで、境目に大安溪という川があり、ここは地形的(南は嘉南平原、北は山が海岸近くまで)にも気候的にも南北境界とされる。
また、もう一つ注目すべきポイントがある。オセアニアに拡がる赤17は、赤17以前まではずっと台湾の南部にあったのだ。
Siraya(シラヤ族・中文西拉雅族)など南部勢力が関係してるか。一番赤17と関係しそうなMakatao(馬卡道族。高雄市から南*5)もシラヤの支族。
ただし分布を見ると、何故かフィリピンはすっ飛ばされていて赤が見つかっていないことが気に掛かる。たまたまある場所を調べられなかったか、不必要になって滅んでしまったのかも知れないが。
また、ニューギニアの東からソロモン諸島あたりのラピタ人領域に、台湾になく東南アジア(広西など含む)にある青や茶色系統があることも気になる。(つまり、台湾要素と西回り南下要素が同居してる)
なお、ナショナルジオグラフィックのラピタ人の記事に、ラピタ土器が途中でインドネシア東部のウォーラシアを飛ばして伝播している・大昔の黒曜石は逆にビスマルク諸島(ニューギニアの東隣)から移動してるという話もある。遺伝的にはヌサンタオ編の、台湾側ルートの影響がどうもフィリピンで止まり南に拡がっていないように見えた(そのデータにオセアニアはなく、影響は未確認)というのもある。
ここで、以前扱った記事にラピタ人のニュース、「南太平洋バヌアツとトンガ、島民の祖先はアジア人 研究で明らかに」と論文があったことを思い出し、(別論文に対応するscienceも一緒に)読み直して気づいたことがあった。
バヌアツ最古の墓地に埋葬されていた3体の人骨のDNA分析を行ったところ、アジアからやって来たことが判明した。一方、太平洋の近隣諸島に由来するDNAの痕跡はみられなかった。
(中略)
彼らの起源はアジア人だ。台湾やおそらくフィリピン北部からそのままたどり着いた。彼らが通って来た場所にはすでに人類が住んでいたが、バヌアツに到着した時、そこに人類はいなかった。彼らが最初の人類だったのだ
つまり、ラピタ人は別系統に入れ替わってる/ラピタは途中を飛ばして(痕跡をあまり残さず)来てるわけだ。ただしこの「近隣諸島」はニューギニア島とその東南近辺(バヌアツまでは含む*6)を指すようで、ポリネシア側のトンガとは関係を残してる(論文の次の図で確認)。
またこのニュース&論文は、台湾やフィリピン北部に繋がるラピタの系統は、その南からウォーラシア・ニューギニア・バヌアツに現在あまりいない、とも言ってることになる。バヌアツあたりの場合は、一旦ラピタ人が進出したが、後からどうやらニューギニア勢?が進出して入れ替わってるのだ。
このラピタ人骨4体はすべて女だから、少し事情の異なる男側の話をする。
既出Y染色体の表を見ても、インドネシア東部からニューギニア・バヌアツはOが非常に少なく、トンガから先のポリネシアとミクロネシアはOが多めになる。スラウェシは多かった。フィリピンよりすぐ隣のボルネオに近そうだが。
ここでまたカジノキの話に戻る。
さらに別のカジノキ論文(Sex Distribution of Paper Mulberry (Broussonetia papyrifera) in the Pacific)によれば、この南方の赤17のカジノキは、ほぼすべて性別がメス*8だそうだ。
つまり、これら南方のカジノキは受粉した種からは育っていない。これは、人間の手で切り分けて植える挿し木のような特殊な農業技術(クローン)を使ってカジノキを増やしたことを意味しているのだ。*9
この切り分ける農業技術は、いつ誰が発明して、いつ誰が伝えたんだろう?
この性別を調べた論文は、分布の説明と考察はしてくれるが、場所についてはっきりとは書いていない。場所的に問題となるフィリピンも、報告するデータがないらしい。
では、自分で推測してみよう。
これは、南方栽培植物のイモやバナナに続いて、またもや切り分けて植えて増やすという既存の技術であり、発想としては単純に応用かも知れない。たまたま手に入れた稀少で重要な樹木を増やそうとして、とりあえずバナナのように切り分けて植えてみたら見事に成功した、ということか。
このシナリオの場合、技術を応用発明したのは伝来先の南方地域であろう、ということになる。台湾など北方のカジノキには性別があるため、増え方が挿し木ではない(あるいはそんな技術が必要なかった)ことも考えられる。さらにこの南方発明説は、フィリピンで赤系統が見つからない理由も説明してくれて都合がいい。
- ただしインドネシア西部は最初の論文でもデータがない。ボルネオの場合カジノキの報告が見つからないと書いてあった。(ニュージーランドではヨーロッパ人との接触後にカジノキを利用する文化が消滅したと書いてあり、他の場所でもカジノキがなくなることはあり得る)
- しかしカジノキが利用されなくなることは、調査対象として都合の悪い点ばかりではない。近年の拡散が限定されるため、移動時期を絞り込めるからだ。人気のある栽培植物(例えばイネ・タロイモ)は、過去から現代までずっと各地に持ち運ばれてるため、いつの時代の移動か判断が難しくなる。(だからイネやタロイモはすっきりした移動の解析が出てきやしない)
- 農作物・家畜の分布には、品種の特徴・環境適性・そして競合品種の存在も関わる。これはカジノキとも関係する要素*10で、暮らす環境で利用できる動植物(島では利用できる動植物の品種が絞られてくる)の中で、どの品種が目的・好み(・タブーもある*11)に合ってるかは、大いに分布に影響するだろう。
そういえば、切り分けられて増えるハイヌウェレ神話(場所はウォーレシアのセラム島)も、この技術がどこか南の周辺地域で発明されたことを示唆する証言かも知れない。(ただしこの「殺され女神」のハイヌウェレ型神話は、イネの女神とも関係する神話だ)
と、ここで参考になる面白い分布を二つ見つけたからさらっと紹介しよう。
Patterns of East Asian pig domestication, migration, and turnover revealed by modern and ancient DNA
広い地域にGeneral Clusterは拡がっていて、フィリピン・ボルネオは大陸側と共通してる。
しかし北ベトナム周辺に多彩な種類がいて(これは分散の中心か?)、インドネシアからパプアニューギニアにいるのはそのピンク系統MC2だ。(インドネシアまで飛んでるのは船で移動したのか。イスラム教の存在も気になるが)
なお、ブタ飼育の考古学証拠の古さは、中国南部でも北部でもで8000年以上前で、タイにはイネとともに4000年前には到達しているという。
ただし、どんな家畜も家畜化の定義(実際には考古学的目安)次第で家畜化の場所と年代は変わる。
またもちろん家畜化初期のブタはイノシシとの識別が難しく、放し飼いしていれば野生のイノシシと交配もするため、どうしても識別不可能な段階がある。(東京農業大学に「イノシシがブタになるまで」という記事がある)
まあ何を調べても識別不可能段階は出てくるわけだが、「最初」という議論ではこの識別不可能段階を考えないと実情とずれてしまうわけだ。(ただしこういうときに遺伝学の識別力の強みが出てくる)
African origins for Madagascan chickens | Open Science(南中国にある円グラフが韓国(KOR)で、南中国(SC)はその上にあるため注意*13)
南方系がずっと拡がるのは一緒だが、フィリピンでも南方系(シアン)が多く、太平洋*14に拡がってることも確認できる。さらにマダガスカルにまで南方系が伝わってアフリカにまで影響しており、オーストロネシア語族のマダガスカル移住*15とともにニワトリが伝わってる可能性もある。中近東以西は別系統の白ばかりになることに注意。
なお、グレーが複数系統を含んでいるため、やはりセキショクヤケイのいる東南アジアあたりが分散の中心であるようだ。ただしニワトリは、インドにいるハイイロヤケイなどいくつもの野生系統が混血してるとされ、それで事情がややこしくなっているらしい。
なお、ポリネシア人の移住家畜三点セットと昔言われていたのが、このブタ・ニワトリにイヌだったが、実際にはすべての島にいるわけではないし、登場する(移動する)時代も違う*16。最初に登場する家畜はやはりイヌだが、その後がブタで、最後にニワトリだ。
では、元に戻ってまとめよう。
結局、ヒトも含めてどんな場合でも南方の交流は強いようだ。どんな場合も、中国-台湾-フィリピン-南方という段階のどこかに必ず(時には複数の)ギャップがある。その結果、南方には中国にいない集団が拡がっているわけで、大陸から出台湾ルートで拡がったようには見えないわけだ。
ただしラピタ人とポリネシアがどういう状況かは問題だ。太平洋がメラネシア止まりの研究は多い。
カジノキは唯一台湾系だが、これも中国に直接はなくフィリピンも違うため、ギャップはすべての位置にあり、しかも南方での拡がりかたが特殊な農業技術だ。(ここにカジノキの面白さが出てくるか)
*1:カジノキは葉っぱがクワに似ており、「桑」という漢字も三つに割れた葉っぱが元のようだ。
*2:穀物の「穀」とは微妙に違うが同音。特に手書きだと文意でしか見分けられない気がする。
*3:イネとかタロイモとか人気のある植物は、常に人気がありすぎて問題がある。
*4:このTaoはオーストロネシア語の「人」(タオ族の)であろうことと同時に、タイ・カダイ語族のタイ族のタイ(「大」由来説だが「人」の意味もあり)でもあり得るのだ。
*5:「高雄」の地名由来「打狗(ターカウ)」が馬卡道語「竹林」だという。また台湾自体の古い呼び名「高砂国」も同じ語源らしく、由来としてもう一つ書かれる「打鼓山」も「打狗山」とも書かれ、結局どちらも現在の高雄港ラグーン地域を指している。
*6:遠いフィジーとニューカレドニアの状況がわからないため、範囲を「メラネシア」と書けない。
*7:ところで、上の図が必ずしも出台湾コースを意味していないことに注意。Atayalが台湾のタイヤル族でKankanaeyがフィリピンだが、この両者のどちらが先か(=出台湾か逆回りコースか)差がなくてはっきりしない。海をまたいでいてもほぼ同時期に成立してるわけだ。(なお、Daiは雲南省のタイ族。間が欲しいよ)
*8:ハワイとソロモン諸島はどうやら赤17以外のオスが持ち込まれてる。
*9:クローンの元の意味が小枝(klōn)で、挿し木を意味してる。
*10:そう、カジノキの競合品種や他の繊維の話もしなくては。
*11:ブタとか調べてるとタブーが気になる。食肉タブーは日本にもあった。
*12:議論が現在進行形で真面目に引用すると大変だから、問題の地域だけの話題に絞る。(ここ数年の論文がたくさんで、更新の早い英語版wikipediaも更新されない状況。この引用論文は2017年3月付)
*13:地名略称は、アゼルバイジャン(AZR), バングラデシュ(BLH), ミャンマー(BUR), インド(IND), イラン(IRA), イリアンジャヤ(IRJ), ジャワ島(JAV), ボルネオ(KAL), ケニア(KEN), 韓国(KOR), ラオス(LAO), マダガスカル(MAD), マラウィ(MLW), モルッカ諸島(MLK), ナイジェリア(NIG), 小スンダ列島 (NUS), 太平洋 (PAC; ソロモン諸島・バヌアツ・フィジー), フィリピン(PHL; ルソン島・ビサヤ諸島・ミンダナオ), サウジアラビア(SAU), 南中国(SC), スリランカ(SRI), スーダン(SUD), スラウェシ島(SUL), スマトラ島(SUM), タイ(THA), トルクメニスタン(TRK), ベトナム(VIE), ジンバブウェ(ZIM)
*14:ただしデータはソロモン諸島・バヌアツ・フィジーのみ。
*15:ただしマダガスカルで現在最古の証拠は8世紀だという。また南方系だけを調べると、マダガスカルに近いのはインドにいる系統だそうだ。(やはりマダガスカル問題にはインドも関わってる)
*16:あちこちに間違った記述が残ってる。