ハイヌウェレ神話
ある日、アメタ(意味は“黒い”とか“夜”)という男が、犬を連れて狩りに出る。
犬が猪を狩ると、その猪の牙に、見たことのない木の実が付いている。
その夜アメタは、夢のお告げで「木の実を土に埋めろ」と言われ、言われたとおりにする。
すると三日後、木が育つ。それが今の椰子の木だ。
さらに三日後。花が咲く。
アメタは酒を作るために花を切ろうとして指を切り、花に血がかかる。
すると三日後。人間の顔ができる。
さらに三日後。胴体ができる。
そして三日後。女の子になる。
その夜アメタは、またも夢のお告げで「それを家に連れて帰れ」と言われ、言われたとおりにする。
そしてその少女を、“ハイヌウェレ”(意味は“椰子の枝”)と名付ける。
すると三日後。たちまちハイヌウェレは大人に成長する。
ハイヌウェレが便をすると、なんとそれは宝物だった。
結局、それでアメタは裕福となる。
そのうち、マロ祭が行われる時期になる。
マロ祭とは、九日続けて行われる、夜の踊る祭りで、その踊りは、中央に女がいて、まわりで九つの血筋の男たちが九重の螺旋状の環になって踊るものだ。
そして今年は、ハイヌウェレがずっとその中心で、踊る男たちに、噛み薬としてビンロウ樹の実とシリーの葉を手渡す役となる。
――この噛み薬は、今もアジア南方に広く存在する、ビンロウジ(檳榔子)とかキンマ(蒟醬)と呼ばれるものを指している。これを噛むと興奮作用があり、果汁で口の中は血のように真っ赤になる。
ついに祭りが始まる。
一晩目。ハイヌウェレは、しきたり通りに、ビンロウ樹の実とシリーの葉を手渡す。
二晩目。ハイヌウェレは、今度はいつものように、お尻から珊瑚を出し手渡す。
三晩目。より高価な中国の磁器の皿を出し手渡す。
四晩目。より高価な大きな磁器の皿を出し手渡す。
五晩目。より高価な大きな山刀を手渡す。
六晩目。より高価な銅製のシリー入れを手渡す。
七晩目。より高価な金の耳環を手渡す。
八晩目。より高価な美しい銅鑼を手渡す。
踊り手たちはその、だんだん高価になっていく宝物に、だんだん気味悪く、そして妬ましくなる。
そして八晩目のあと、相談し、決める。
ハイヌウェレを殺してしまえ――と。
最後の九晩目の夜が訪れる。
中央にハイヌウェレがいて、まわりで九つの血筋の男たちが九重の螺旋状の環になって踊る。
踊るうちに、踊る男たちはハイヌウェレをあらかじめ掘っておいた穴に突き落とす。
悲鳴をあげるハイヌウェレ。しかしそれは、踊りの歌にかき消されてしまう。
踊り手たちは歌い、踊り続け、ハイヌウェレに土をかけ、生き埋めにする。
踊り手たちは踊りながら土を踏み固める。
明け方、踊りが終わり、人々は家に帰る。
その朝、ハイヌウェレが帰ってこないことでアメタは異変を悟る。
アメタは占いによって、ハイヌウェレが踊りの最中に殺されたことを知る。
アメタはハイヌウェレの生まれた椰子の木の葉の軸を九本持って、踊りのあった広場に行く。
そして外から順番に、その椰子の葉の軸を地面に刺していく。
九本目、広場の中央に刺した葉の軸を引き抜くと、そこにハイヌウェレの髪と血がこびりついてくる。
アメタはハイヌウェレを見つけ、掘り出す。
そして、死体を切り刻んで埋める。
するとそこから、様々な種類の芋が育ってくる。
人々はそれ以来、芋を主食するようになったのだと言う。
さて――話はまだ終わらないのだ。
アメタは、ハイヌウェレの両腕だけは残しておき、女神ムルア・サテネのところに持っていった。
そこでアメタは、ハイヌウェレを殺したすべての人々を呪ったのだ。
アメタの願いを聞いた女神は、その願いを聞き届けることにしたのである。
女神は踊りのあった広場に行き、そこに大きな、九重の螺旋模様の門を作った。
そして女神は、ハイヌウェレの両腕を手に持って、すべての人々に告げる。
私はもう、この世界にいたくない。
お前たちは、人を殺した。
お前たちが人のままでいたいのなら、この門を通って、生まれ変わらなければならない。
通らない者は、違った姿になるだろう。
これを聞いた人々は、みな螺旋の門を通ろうとした。
しかし――誰もが通れたわけではなかったのだ。
通れなかった者たちは、動物や精霊に変わってしまった。
通れた者たちも、人でいることはできたが、通るときにハイヌウェレの腕で叩かれた。
すべてが終わったあと、言ったとおりに、女神は去っていってしまった。
もはや、女神に会うには死ななければならず、さらにそのあと、厳しい旅をしなければならない。
女神は今、八つの山を越えた先にある、九つ目の高い聖なる山に住んでいるのだという。
そしてその八つの山では、そこに住む精霊が邪魔をするというのだ。
突然ですが、ハイヌウェレ神話です。このブログのテーマと関係出てくるのはもうちょっと先だけど。
基本情報。インドネシアのモルッカ諸島にあるセラム島(ニューギニア島のすぐ西にある東西に長い島)の、ウェマーレ族*1の神話。ドイツの民俗学者アードルフ・イェンゼン採集。
これは昔、出回ってるハイヌウェレのお話が、あらすじみたいになっていたり、編集されていたり、物語のパターンを強調していないことが不満だったり、勝手に引用できない場合もあるし、結局自分で元ネタを踏まえつつも創作してしまったものに、今ちゃっちゃと手を入れたもの。まあ、こんなもんか。
しかし、読むだけなら参考にできる本もサイトもある。
*1:どうもウェマーレもハイヌウェレも濁らない発音が現地の正解か。ただ採集したのがドイツ人だからWが濁るわけ