知識探偵クエビコ

人類史・古代史・神話の謎を探ったり、迷宮に迷い込んだり……

「日本人のDNA、縄文人から12%受け継ぐ」というニュースについて

これ、思いっきり今書いてる内容と関係するところがある。

論文もサプルメントもちゃんと読んで、しかもいくつか調べなきゃならないこともあった。

まあ、よくあることだが、ニュースは、書いた記者の主観が入ってて、元と違ってる。

プレスリリースも論文もそんなことを主張してない。

ニュースタイトルに問題あり。

 

しかも今回は、出たプレスリリースと論文の間でも違いがある。

 

総合研究大学院大学国立遺伝学研究所のプレスリリースも一緒)のプレスリリースでは、数字も「15%程度」で、しかもこの数字は重要じゃなく主張のポイントが違う。

 

【プレスリリース】『縄文人の核ゲノム配列をはじめて決定 〜東ユーラシア人の中で最初に分岐したのは縄文人だった〜』(一部抜粋)

https://www.soken.ac.jp/news/30232/

国立遺伝学研究所集団遺伝研究部門および総合研究大学院大学遺伝学専攻の斎藤成也教授らのグループは、福島県北部にある三貫地貝塚から出土した縄文時代人(縄文人)の歯髄からDNAを抽出して、核ゲノムの一部を解読することに成功しました。
これまで縄文人のDNAについては、ミトコンドリアDNAの情報しか得られていませんでした。今回、ミトコンドリアDNAの数千倍にあたる核ゲノムのDNA配列1億1,500万塩基対を決定しました。このゲノム情報を、現代日本列島人と比較解析したところ、縄文人アイヌ人にもっとも近く、ついでオキナワ人、そしてヤマト人(アイヌ人とオキナワ人を除く日本列島人)に近縁であることが明らかになりました。さらに、縄文人は、現代人の祖先がアフリカから東ユーラシア(東アジアと東南アジア)に移り住んだ頃、もっとも早く分岐した古い系統であること、そして、現代の本土日本人に伝えられた縄文人ゲノムの割合は15%程度であることが明らかになりました。
今回、縄文人の核ゲノムの一部が解読されたことによって、縄文人が現代の東アジア人と比べて遺伝的に特異な集団であったことが明らかとなりました。

まず、「始めて縄文人のゲノムの解読に成功したこと 」自体が一番重要なアピールポイントになってる。

後は「縄文人は、現代人の祖先がアフリカから東ユーラシアに移り住んだ頃、最も早く分岐した」などの羅列。

そして数字も違う。

後で詳しく説明するが、こういう数字は必ず誤差(今回は大きな誤差のようだ)があるものだし、どの程度正しいか信頼性にも問題がある。

 

論文はnatureにあった。

abstractを読むと、アピールポイントはだいたい一緒だが、問題の数字は、今度は「<20%」(20%未満)とある。

この論文を書いた人間は、この数字をそんなに確実なものと思ってないわけだ。

そもそもこういう数字には、必ず、データ不足や技術的限界による、決して少なくはない誤差がある。

出土物から復元できた、手に入る限られた情報・限定された特定のサンプルから調べてるんですよ!

たぶん、プレスリリースにすら書いてない数字をわざわざ取り出されちゃって驚いてるぞ。(あ、ニュースにはよくあることか)

 

また、この数字のある分岐図には、気になる問題もある。

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現存するKaritiana(アマゾンにいるアメリカ先住民)から、大昔のMal'ta Ma1バイカル湖西のマリタ遺跡から出た二万年ぐらい前の人骨)のほうに、遺伝的影響を示す矢印が引かれちゃってるところに注意。

 

実はこのTreeMixという分析で、マリタ遺跡人骨MA1とアマゾンKaritianaの組み合わせは、結構な人気があって、既に他の論文の分析も複数あり、そこでは全く正反対の向きに矢印が引かれている

たとえば、Upper Palaeolithic Siberian genome reveals dual ancestry of Native Americans. - PubMed - NCBI

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論文のタイトル、アメリカ先住民KaritianaのDual Ancesterは、片方がMA-1などの北方ユーラシア集団で、もう片方が漢民族Hanなどに繋がる東アジア人だ。
ちなみに、この化石人類デニソワ人DenisovaからパプアニューギニアPapuanに向かって引かれる矢印が意味することも非常に有名。
デニソワ人、現生人類と交雑の可能性 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
ただしこのデニソワとの混血も、実はこのパプアニューギニア限定じゃなくもっと広範囲の話があったりする。
CNN.co.jp : 人類の祖先とネアンデルタール人、多くの子孫残していた

 

Eurogeneブログでは、このKaritianaとMA-1の組み合わせの特集記事まで書いてた。
(ここで、33%と38%と、向きは同じでもまた違う二つの数字が出てることに注意。数字の信頼度はもともとそんなもんでしょう)

Eurogenes Blog: The mother of all TreeMix runs #1

 

ただしこのTreeMixというツール、僕は使ったこと無いんで調べたら、分析結果で矢印が逆に出ちゃうことはある、と書いてあった。

つまりこのツール、実際と違う分析結果(あり得る別の分岐の仕方の可能性、というべきか)が出ることもあるという。

(これって因果律分析の宿命か。AとBが似てる場合に、どちらがどちらに影響したのか、影響の方向性を見定める因果の問題だよ。どの程度似てるかの問題とは別の次元で、どちらが先か、あるいはさらに別の共通祖先がいるのか、因果関係の問題がある)

 

だから、この逆転した解釈となるような分析図を選んで良かったのか、そのような解釈で計算されてるなら数字は合ってるのか、ということになる。

このMA-1は大昔の遺跡のサンプルであり、因果の方向性を考える場合、現在のKaritianaと同列で考えてはいけないはずなのだ。

 

もちろん、遺跡出土物なんだし、データ不足で正しく予測計算ができていない可能性もあるだろう。

(あと、公開された論文であってもミスがあったりもする。日本の論文でも、表のデータがずれちゃってる(合計が合わない)とか、百分率の計算が合ってない*1とか、見たことあります)

 

また、他にも考えるべき事がある。

このデータはあくまでも、ちゃんと書いてあるとおり「福島三貫地貝塚の3000年前の特定の縄文人」を基準としているため、日本のJPTとか各サンプルとの違い具合には、縄文人と現代人の差だけじゃなく、縄文人の中での地方差・個性の要素も含まれていることになる。
縄文人だって、地方や時代縄文時代だけ見ても結構長くて10000年以上ある)によって違いがあり、個性もあったわけで、三貫地サンプルの縄文人の平均からの離れ具合も、数字に含まれて出てるはずなのだ。
たとえば縄文人は、南の九州や沖縄方向から来た者と、北の北海道方向から来た者がいると考えられるため、この福島三貫地貝塚のサンプルも、由来がどれかに偏っていたかもしれない。

 

偏りの話をしたからこれも書いておこう。

貝塚を発掘して得られるのは、貝塚に関係する人々の情報であり、貝塚と全く無関係に暮らす人々の情報は得られない

たとえば、貝塚と関係なく暮らす山の民のような人々がいても、まず貝塚からは出てこない。貝塚のデータは、あくまでも貝塚関係者という特別な個性を持っているものだ。

こういうところにも、サンプリングによって偏ってしまう、統計の問題はあるわけだ。

 

まあでも、プレスリリースにあるとおり、この論文はアピールポイントが違う。

いろいろ書いたが、今回、数字がいくつかはわりとどうでもいい。

やっと縄文人ミトコンドリア以外を分析してくれたわけだ。

それだけでも喜ぼう。

 

なお、論文には以下のような事も書いてある。(元は英文だし、噛み砕いて自分の解釈を書き足してます。あと、細かい具体的な数字が知りたい場合は論文見て)

  • TreeMixの、Karitianaの矢印の方向性の問題はちゃんと書いてあります。そこには、使ったデータのサイズが、僕の引用した別の図がある論文のほうが大きかった(つまり自分たちのデータのほうが小さかった)とある。で、デニソワの矢印も逆だったとか、他にも普通じゃない結果が出たとある。(やっぱ、どこかでまちがえてるような。このあたりの数字、そんなに信頼できないようで。→讀賣新聞は記事を書き直しなさい。重要なのはそこじゃない)
  • アメリカ先住民は、日本人も含む東アジア人と、さらに(三貫地)縄文人とも、結構近い関係性を持っている。
    これは問題のある図に関わるが、出した他の論文の図からもほぼ同様の関係性は推定できる。*2
  • 縄文人は、現代人の祖先がアフリカから東ユーラシアに移り住んだ頃、最も早く分岐した」とプレスリリースにあると書いたが、この東ユーラシアは東アジアと東南アジアを指すともある。これ微妙な表現だけど、「縄文人の移動は、東南アジアを通った南コースであり、中央アジアシベリアなど北コースで日本に来たわけではない」って言ってるのと同じじゃないですかね?
  • アメリカ先住民の東アジア人からの分岐は、縄文人が分岐したよりも後。これは、縄文人の分岐の古さを了解すれば、そういやそういうことになるんだよな、と納得できるお話。
  • 縄文人の遺伝子の発散(つまり人口増加)の時期は、そのアメリカ先住民の分岐時期に近い。これも問題のある図とも関わるが、「すべての結果が示唆」(all the results suggest a deep Jomon divergence within East Asia, close to the Native American split.)と書いてある。
  • 縄文人の割合については、まだ議論があるとも書いてある。この論文の数字は何かミスしてる疑惑があるけど、他の論文の数字として17%・23-40%・36%などが書いてある。(Jomon admixture proportion is still debatable, we would like to conclude that the Jomon component in the mainland Japanese is probably lower than 20 %)

 

 とりあえずこんなところか。月曜までに出したかったんでこれで。

*1:分母の値から出ないはずの百分率が出てればわかる。一人が何%にあたるデータか計算していれば。

*2:というか、このへんはある程度まで過去の知識で推理できる範囲だ。