知識探偵クエビコ

人類史・古代史・神話の謎を探ったり、迷宮に迷い込んだり……

類人猿はどこから「ヒト」なのか? (分類編)

今回は、グレコピテクスのニュースの続きで、類人猿のまとめをやる。

自分もこの段階は今まで記事にしてなくて、知識のアップデートも整理もしてなかった。ちょうどいい機会だ。

 

ただし別のニュースが飛び込んできたから触れておこう。

今度の「人類の起源」は西のモロッコで、「ホモ・サピエンス」レベルのお話だ。

いつもながらヒト関係の言葉の定義には注意が必要。言葉の選択がふさわしくなかったり、特にニュースのタイトルでは言葉が省略されて混乱の元になる。また今回の場合、直前にグレコピテクスのニュースがあったため、記事を書く側も使い分けを意識したと思われる。

 2件の論文は、古代人類5人の頭蓋骨と骨のかけらや、狩猟や食肉処理に使われていた石器に基づくもの。いずれも、現在のマラケシュ(Marrakesh)に近いジェベリルー(Jebel Irhoud)にある先史時代の野営地から見つかった。

 独マックス・プランク進化人類学研究所(Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology)の古人類学者、ジャンジャック・ユブラン(Jean-Jacques Hublin)氏は「この資料は人類の起源を示すもので、アフリカを含むあらゆる場所で見つかった中で最も古いホモ・サピエンスだ」と語っている。

 これまで最も古いとされてきた19万5000年前の化石は、エチオピアで見つかった。この発見は、アフリカ東部が進化上の「エデンの園」、つまり、人類がアフリカ内外へと広まった起源の地であるとの説につながった。

 研究チームは、新たな発見により、いわゆる「人類のゆりかご」がアフリカ全土に広がっていたことが示されると指摘している。

グーグルニュース検索。(今回は「ホモ・サピエンス」が一番正しい言葉の選択だ)

30万年前の人類化石は初期ホモ・サピエンスか

nature記事

論文(読むのは有料だけど、画像はタダで見られる)

New fossils from Jebel Irhoud, Morocco and the pan-African origin of Homo sapiens

The age of the hominin fossils from Jebel Irhoud, Morocco, and the origins of the Middle Stone Age

英語のgoogleニュース検索(あえて人名でも検索してみたが、こちらでもタイトルの主流は"homo sapiens")

Archaeologists unearth the oldest...

(人名検索 Oldest Homo sapiens fossil claim...

今回も学者コメントを期待してワシントンポスト・newscientistを読んでみたが、分類は議論となるようだ。

ただしここで、もともとホモ・サピエンスの範囲の定義をどうするべきかという部分で議論のあったことが話を複雑にしている。

ホモ・サピエンスの問題も今回の類人猿のまとめに関わるため、後で書くことにしよう。

 

まとめに戻る。

現時点で、類人猿とヒトの関係がどう考えられてるのか、分類や定義がどうなっていて、実際の化石がどう並べられてるのか、知らないとニュースの位置付けや意味はわからない。そして、詳しく説明してるうちに自ずと答えが出てきたりもする。

そして、どこからが「ヒト」「人類」なのか、一般的な「ヒト」関係の言葉の定義も問題になってくる。

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この大型類人猿の図(ウィキペディアより)も、定義に注意しなければならない言葉"human"を含んでいる。他の言語でも言葉の定義は問題だ。

 

まずは一般的な用語から。一番最初に、カタカナ表記の「ヒト」について説明しておきたい。

一般的には、「ヒト」とあえてカタカナ表記をすることが、哲学や文学や法律などの意味の「人」でなく、生物学的な意味での言葉の使用を意味している。

ただし、慣用的な和名*1では、種としての「ヒト」=学名homo sapiens(意味は「賢い人」)とされている。

しかし既にここで、上位のヒト属(homo)レベル*2ラテン語homoが人(human。語源でもある)を意味する、という混乱要素がある。

英文にhumanとあったら、「ヒト」か「人類」と翻訳するだろうが、そのhumanは別種を含むhomoレベルを指している可能性が高いわけだ。*3

またニュースタイトルなどでは、どの分類レベルでも省略されて「ヒト」表記にされたりする。これは、一般的な「ヒト」の用法もあり、意味範囲が曖昧だという問題はあっても間違いとは言い切れないところ。

意味範囲をそれほど重視せず、わかりやすさを優先したり、目を引いたり訴求力を重視する局面はよくある。

そして、「最初のヒト」というキャッチーなフレーズがいろいろなレベルで登場するわけだ。

 

ここで、「人類」も「人」・「ヒト」と同じ意味というわけではなく、本来「人」に対して「人の類(るい。論理学用語)*4」と意識的に範囲を拡げる言葉だ。生物学的に「人類」と言うときにも、範囲を拡げて、ヒトの上位分類(ホモ・サピエンス以外と比較した関係性)が対象となってくる。*5

ここにはっきりと限定の付いた「現生人類」(modern human)は、現在生きる私たち現代人を含む分類*6であり、これは亜種の「ホモ・サピエンス・サピエンス」(これは化石しかなくても「現生人類」*7にあたる表現だ。しかしこれらも一般的には、「人類」だとか「ホモ・サピエンス」と省略されてしまうことがある。またこの「ホモ・サピエンス」も、言葉として充分に一般化してるだろう。

辞典類でも、立場の違いもあるが、どの定義で使われてるのか統一の取れてない場合がある。

コトバンク現生人類」「ホモ・サピエンス」そして「人類」(少し違う言葉の説明をしている場合がある)、「化石人類」(化石化した現生人類のことを考えてない記述がたまにある)。

辞典類はどうしても、明らかに古い更新されてない記述があることに注意。また、種としてのホモ・サピエンスに範囲の定義問題があることもお忘れなく。

 

ここから分類だ。大まかなヒトや類人猿の分類がどうなってるか、学名の側の混乱も含めて説明したい。

とりあえず、ウィキペディア「人類の進化」より霊長類(サル目)の分岐分類図を持ってきた。

ここで問題なのは、最後のほう、ヒト上科以下の「ヒト」の付いてる、アルファベットの学名がやたら似ているものばかりの範囲だ。

「ヒト上科」だとテナガザル科まで含まれることに注意。*8

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なお、オランウータンギガントピテクス属(中国・インド・ベトナムで出た最大身長が約3mに達する巨大類人猿)と関係があるとされ、まとめてヒト科の下に分類*9される。

 

英語版ウィキペディア"ape"(類人猿)で、これらの分類のしかたの変遷がまとめられてた。

https://en.wikipedia.org/wiki/Ape#Changes_in_taxonomy_and_terminology_.28.22hominid.22_v_.22hominin.22.29

これを見ると昔の定義がわかり、間違い探しのようにわかりにくい、名前のそっくりな分類名称が増えながら、同時に定義まで変わっていく混乱状態がわかる。

もちろん、日本語でもこの定義の混乱からは逃れられないわけだ。

昔の論文だとか古めの辞書的説明を読むと、昔の定義で書いてあるわけだよ。

しかも学名だけじゃなく、hominin,hominidなどのような言葉の定義の変遷もここには絡んでくる。

前回も貼ったオーストラリア博物館のhominidとhomininの説明にも、New definitions(新定義。しかし、The most commonly used recent definitions(最も共通して使われた最近の定義*10)と混乱状況が示される)とか、Previous definitions(旧定義。昔hominidは今のhomininの意味で使われた、とさ)とか、悩ましいことが書いてあるわけだ。(Last Updated: 5 February 2016と書かれてた。了解)

とりあえず、オーストラリア博物館などhttps://en.wikipedia.org/wiki/Hominidae#Terminology分類の接尾辞)/グレコピテクス論文のIntroductionにも用語整理があった)を参照しつつ、現在?の学名などの言葉の定義状況を一旦まとめてみよう。apeにあった分岐年代付き*11

  1. ヒト上科hominoidea(20.4 Mya)――テナガザル科(小型類人猿)含む
    =hominoid、ape、類人猿
  2. ヒト科hominidae(15.7 Mya)――オランウータン亜科含む
    =hominid、great ape、大型類人猿
  3. ヒト亜科homininae(8.8 Mya)――ゴリラ族含む
    =hominine、African great ape、アフリカ類人猿
  4. ヒト族hominini(6.3 Mya)――チンパンジー亜族含む
    =hominin(言葉の作りとして)
    もともとはチンパンジーがhomininiに含まれなかった頃にhomininが対応していた。つまり、当時でもhomininはチンパンジーなどと分岐して以降のヒトの祖先を意味していた(2017/6/11時点でbritannicaの項目に図付きで残る)。そしてhomininiにもチンパンジーを含まないとする用法はまだある。日本語でも「ヒト族」と、分類としてきりのいい表現をもらっていることに注意。*12
  5. ヒト亜族hominina――猿人レベル(アウストラロピテクス属アルディピテクス属パラントロプス属など。サヘラントロプスオロリンも可能性あり)化石人類含む
    =hominin(現実の用法で*13)、homininan、ヒトの祖先(pre-human)(もっと上位レベルでも使用は可能)、最も広い意味でのヒト・人類・human・mankindなども使われる。
    この分類は、まだヒトの特徴を揃えていない段階も含んでチンパンジーと分岐して以降のヒトの祖先を指す。
    グレコピテクス論文も、ニュースでもこの意味でhomininを使用しており、対応を変えるのは難しいようだ。(なお、今でも同じ意味でhominidの使用されてるニュースもあった*14
  6. ヒト属(ホモ)homo――原人レベル(ホモなんたらかんたら)の化石人類含む。
    =human≒人類およびヒト(このぐらいのニュアンスでの言葉の需要が多い)
    ヒトの特徴がかなり揃ってきたヒトらしいヒト(わざと同語反復)の段階。何を基準にすべきかで恣意的なヒトらしさ*15を問うため、定義はそれほど安定しない。このhomo自体が少し広い意味で使用されてるらしき場合もある。*16
  7. ホモ・サピエンス)homo sapiens――ホモ・サピエンス・イダルトゥ含む
    種としての「ヒト」、「ホモ・サピエンス」自体も一般的に使われる≒現生人類(modern human)(ホモ・サピエンス・サピエンスという下位分類を省略したり無視する場合)
    重要な生物学の分類単位である、「種の概念」の定義の影響を受ける段階。

    *17

    ネアンデルタール人などは入らない(ホモ・ネアンデルターレンシスであってホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシスではない)とする意見がまだ残る。しかし、ネアンデルタール人及びデニソワ人現生人類と交配可能であり、遺伝子を残していることが最近わかった。故に、定義としてホモ・サピエンスという種の下位分類(亜種)とされる可能性は充分にある*18のだ。*19

    現生人類に残るネアンデルタールDNA | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

    f:id:digx:20170608114424p:plain
    ところで、冒頭のニュースもこのホモ・サピエンスの範囲の定義問題と関係してくる。条件的にネアンデルタールなどがホモ・サピエンス側に入るならば、古い亜種もいて当然であり、間を埋める亜種や近似種もいてしかるべきなのだ。(だからニュース記事にネアンデルタールなどが出てきたりもするわけ)

  8. ホモ・サピエンス・サピエンス(亜種)homo sapiens sapiens
    =現生人類(modern human)、最も狭い意味での「ヒト」など、一般化した(下位分類を省略した)「ホモ・サピエンス」自体も使われる。
    出アフリカして世界へ拡がった、などはこのレベルからのお話。またクロマニョン人だとかはホモ・サピエンス・サピエンスの内であり、亜種ですらない。

 

 ここで一旦切っておこう。次は実際に化石を並べます。

今回はあまりにも分類マニア・定義マニア向けだったかしら?

*1:アルファベットの学名国際動物命名規約で決まっているが、その訳語の和名はあくまでも慣用であり、規約などはない。

*2:種としては異なるがヒトと共通する属性を持つのがヒト属。

*3:他の言語の訳語で、指し示す範囲が一致しない近い言葉で妥協されてたり、時には誤訳が広まってるというのは、結構あることです。たとえば、中国と日本で動物などを指し示す漢字が違ってる、なんてこともある。

*4:英語でclass(「分類」はclassification)。単純に複数形を利用する場合もある。mankindのkindなども類にあたる。

*5:「サル学」「ヒト学」という表現もあるが、これらも独特の生物学的ニュアンスを持つ。

*6:modern humanの訳語として「現代人」もありそうだが、これは限定が厳しすぎるだろう。

*7:クロマニョン人とか港川人とか、「現生人類」の下位分類が化石で残ることはある。

*8:ちなみに、ニホンザルオナガザル科マカク属

*9:つまりアジア類人猿だが、テナガザル科もアジア限定の類人猿で、腕の長さにも共通点がある。しかし、何が理由で巨大化したんだろうか?

*10:これはmost recent common ancestor(最も近い共通祖先)に絡めた冗談でしょ。

*11:ただし今回も、年代は誤差が大きい物だ、と言っておく。

*12:この学術語の不調和はそのうち整理されるだろうが、分類段階自体の定義(「」はどのぐらいの分類にすべきか、族レベルでチンパンジーを分けなくていいのか)も絡んでくるため、方向性はわからない。(それにここ以外でも、段階分けに値するほどの重要な違いがまだ出てくることは考えられ、もっと細かい段階分けを可能にする(同時にメジャーな分類段階の名称をころころ改名しないようにする)分類制度が求められてるのではないのか?)

*13:チンパンジー関係の定義が変わったとき、homininの意味が変えられなかったようだ。次のhomininanも用意はされたようだが、実際にはそれほど使用例がない。

*14:「homininの意味はhominid」とか、完全に屈折した定義も見かけたり。

*15:この前後段階は、チンパンジーからの分岐を基準としたり、要求の強い「種の概念」が基準だったり、恣意性が入りにくい。なお、最終的にこの両者間のメジャーな分類段階が一段階で合理的なのかも定かではないのです。

*16:ちなみに、2017/6/11現在の英語版wikipediaにhominina(https://en.wikipedia.org/wiki/Hominina)はなく、homoにリダイレクトする。

*17:この記事は、先に述べたもっと幅広い分類問題と関わる話もしている。また「種」にも「生殖隔離の強さ」という恣意性を持った要素が忍び込んでいたり、「種の概念」のほうが変わる可能性もあるわけだ。

*18:なお、下位分類としない決着であっても、ホモ・サピエンスと交配可能な範囲は分類において特別扱いが必要になるはず。

*19:種の定義があるからこそ、既にネアンデルタールホモ・サピエンスだと断言する記述もある。ただしこのとき、するとどこまでがホモ・サピエンスに含まれるかで問題になる。