分岐年代でわかるY染色体ハプログループC
Y染色体ハプログループCの、分岐図と、年代と、それぞれのいる場所
ここで参考にしたのは……(2016/8/5付け、ということにしておく。書いてるうちに更新されて困ったわ)
- ISOGGの表、およびこの真ん中あたりにある地理分布(Geographical distribution)と、少し出てる年代。
- YFullのYTreeにたくさんある、分岐年代(発生年代)(formed)と共通祖先年代(TMRCA,"Time to Most Recent Ancester")と、いくつかのサンプルの場所。
- FamilyTreeDNAの、特徴的なサンプルの場所。
このやりかたでも、ある地域にCの拡がったのが、いつかがわかる。
遺跡のデータでわからなかった情報もわかってくる。情報のないところも当然あるが。
まあ、作った表を見てもらおう。
- 情報のないところは、多少の情報は参考にしているものの、ほとんど適当な間隔で分岐の線を引いている。あまり信用しないように。
情報のない中でも参考にした知識のある物もある。以前メモしてあった「日本のC1a1の拡がった時期」とか、「オーストラリアにはアボリジニ(C1b2b-M347)が早い時期にたどり着いていた」とか。 - 基本的な年代(赤い棒グラフ)はYFullを使用。薄い色の部分(発生年代と共通祖先年代の間)は、存在していてもわずかにしか続かず、ボトルネックがあったことになる。(この年代が現在進行形でデータ更新されてて、変わってしまう場所もある。だから変化や新情報を覚悟した上で書くぞ)
オレンジ(Z41900±19100など)はISOGGにあるZhong 2010による年代。これはおおむね共通祖先年代にあたり、こちらの薄い色は誤差部分。 - 表には示さなかったが、もちろんYFullのそれぞれの年代も結構な誤差がある。古い時代でも一割ぐらいは当たり前で、近い年代では数百年の幅があったりする。
- ラベルが決まっていなかったり、つじつまの合わない部分がC2b1a2やC2b1a3の末端部分にある。研究途上の状態があるのは当然だ。
「=」もまだ変異に対応したラベルのない部分。そのうちまとめて変更が入って、ラベルも一気に伸びるぞ。 - 今回の場合、現時点(2016/8/5)での最新版2016年版ISOGGのハプログループラベルの後に、YFullなどで使用される代表的変異マーカーを適当に付け加えた。すぐにでもラベルの変わりそうなところもあるので注意。(変異マーカーの選択も変わったりする)
- ISOGGの分布地名は、それより下位分岐に渡るハプログループがいるという意味になる。そのため、範囲がわかりやすいように背景に薄い色を付けた。ちなみにC2c1以下の系統は、大まかに見れば中国・日本・韓国が少しずついるという結果になっている。(韓国もZ8440以下が2%くらいいる)
- YFullやFamilyTreeの地名と、「/**」で付け加えたその他情報は、そのサンプルの場所を示す。しかし、大まかな分類しかしていない場合があって、結局これらも下位分類を含意している。たとえばC2a1b2-M48のところにある/*Kazakhも、カザフにこの下位の分類がいるという意味だ。
注目すべき所、およびいくつかの説明やらなんやら。
- C2(旧C3)が増加し始めたのはC1より全体的に遅く、C2b・C2c1のレベルでも最終氷期の末期。C2cのみ共通祖先で34500という数字が出てる。
ただこれは、この最終氷期末期に何らかの理由でボトルネックが生じた、と見るべきか。詳細は後で。 - C1b1-K281は中国からも発見されている。人口の多いインドなど中心でそれなりに多いこともあり、人口を計算すると、日本のC1a1よりもずっと多い集団となる模様。
- C2は大まかに、北方のC2b系統と南方のC2c系統に分かれる。
C2bも、C2b1a以下が現在5つの系統に分かれており、この1から3(C2b1a1-C2b1a3)はだいたい北から並んでいる。コリャークKoryakがアメリカ寸前のカムチャツカ半島にいます。*1
また、C2c1以下(C2c1a1,C2c1a2,C2c1b)も、だいたい北から並べられている。C2c1a2(バングラデシュ)とかC2c1b(ベトナム・タイ族(Dai))の南方系統は、比較的早いタイミングで拡がってます。 - C2b1a1a(1)-P39がアメリカ組。つまり少なくともこのC2b1a1系統は、ベーリング海峡が繋がっている氷河期の内に、ユーラシア極東極北部分にまで到達していた(Settlement of the Americas - Wikipedia)と考えられる。
また、南アメリカには系統不明のC2がいる(P39ではない)、というのも以前書いたとおり。これ以上まだ分析されてない。詳細はC-P39 - Haplogroup C Projectにあった。
この人たちがアメリカ先住民の海岸ルート移住説と関わってくるわけだ。
なおISOGGに、このアメリカインディアンマーカーP39に対して、C2b1a1aという表記と、一つ長いC2b1a1a1がある。そこで表記をC2b1a1a(1)としておいた。 - しかしこのC2bも、増え始めたのは氷河期最盛期(20000年前)より後(14600年前。ただし誤差あり)で、つまり暖かくなり始め氷が融け始め、海水位が上昇し始めてから、ということになる。アメリカ到着年代からすれば、一気に移動したみたいだ。
- C2b1a3a-M401の「/**Star-cluster, Aisin Giro」が、モンゴル帝国のチンギスカンなどの血筋(Star-cluster)ではないかとされ、また、清朝皇帝の愛新覚羅(Aisin Gioro)一族の血筋(ラストエンペラーの一族だ)にあたるともされる。
出典はどちらも愛新覚羅一族に関する論文。Y Chromosome of Aisin Gioro, the Imperial House of Qing Dynasty
なお、一つ上の段階C2b1a3-F4002をモンゴル帝国皇帝や愛新覚羅一族の血筋だとする場合もあり、もちろんそれも間違いではない。ISOGGもこのF4002のほうを選んでいるわけだ。
また、M401はわりと新しい変異であるため、チンギスの血筋であるボルジギン氏の系譜に登場する特定可能な人物に起こった、ある世代からの変異、かもしれない。 - C2b1a3a-M401も、一つ上のC2b1a3-F4002も、ISOGGの表に正式に採用されたのはやっと2014年版(リンク先の大量の赤字部分が2013年版まで表に存在しなかった)からで、非常に新しい。そのせいで昔の研究がそれほど役に立ってくれず、利用できるデータが少なくて困る。2013年まで赤字部分が全部未分類だったわけで、これが判断も誤らせていたわけ。*2
- 現在のモンゴルに多いのは、C2b1a2a-M86、C2b1a3a-M401、C2c1a1a1-M407の順。これら以外のC2はそんなに多くない模様。
また、モンゴルなどアジア北方のC系統は氷河期終了後に増えた物ばかりで、年代もそれほど古くない。C2cも中国から来たと見るべきだ。*3
このデータはCristofaro2013 Afghan Hindu Kush: where Eurasian sub-continent gene flows converge.*4に、さらにFamilyTreeDNAのカザフデータの集計*5を並べたもの。こちらはM401がほとんど調べられていないため合算で。M401は年代は新しいようだが、他のC2系統をほとんど伴わずアジア南西方向に一番拡がっているのが特徴。
特に目立つハザラは、言語がモンゴル語と関係してるだとかモンゴルと関係する話があり、あまり研究の進んでいない2003年時点に書かれたThe Genetic Legacy of the Mongolsでも次の図のような関係性が示されていた。 - ただしここで、統計とかサンプル調査において問題となることを書いておこう。
時代の新しい同一系統の集団というのは、特定の血筋の一族を意味する場合が多く、調べる場所の選択や集団選択の影響を受けて出たり出なかったりが大きく左右される、統計の難しい集団だ。
出てない場合に不在証明ができるかと言えば、たまたまその人々が集中してる場所を調べなかった可能性があり、また逆に、その特定集団のいる場所を調査すると同系統ばかりなのだから、実際より大きな数字が出やすいことになる。*7
つまり、M401みたいな系統は、調査結果がばらつくはずなのだ。
パキスタンのC2(結局ほぼM401だったようだ)とかは、いくつかの調査結果を見たが、出たり出なかったり違いが大きい。
また、M86とかもばらつくデータが多いため、どうも同じ現象が起こっていそうだ。*8
理屈のわからない人は、料理の「味見」(これはサンプル調査そのもの)を思い出してください。混ざってない調味料は一箇所に固まっていて、そのままじゃ全体の味のバランスはわからない。「オタクの分布調査」なんかも似ていて、いるべきところに固まってるが間違った場所を探すと出てこない。 - その他比率の詳細についてはまた別に。
ここではともかく、最初の表の年代と関係づけられる出来事を一通り説明しよう。 - モンゴル帝国及び元や、その後継国家なら700年から800年前以降に増える。
チンギスの子孫こそがハンとなれる、というチンギス統原理が広く存在したため、チンギスの子孫は後の時代も各地でハンに担ぎ上げられ、非常に広い範囲に拡がることとなった。
モンゴル帝国#モンゴル帝国の継承政権 - Wikipedia
- チンギス長男のジョチは、(本当にチンギスの血を引いてるか疑念はあったりするが、)その子孫はクリミア・ハン国(現ウクライナ)・カザン・ハン国(現ロシア)など西方にもっとも広く散っている。ウズベクもジョチの子孫に由来する呼び名。*9
- チンギス次男チャガタイのチャガタイ・ハン国は旧モンゴル帝国の中央にあった。さらにその子孫は、ティムールにもハンとして擁立された。
- 旧モンゴル帝国南西地域の西アジアにあったのがイルハン朝で、チンギス四男トルイの息子(つまり孫)のフレグの血筋がここにいた。しかし後に、ジョチの子孫などを含むチンギス血統の者たちを擁立した者たちの争いの場となって、イルハン朝が滅び、フレグの血筋も没落していった、ということのようだ。ただ、どこかに血筋は残っていると期待できるか。(ティムールもこの地を征服するが、それはイルハン朝滅亡後の話)
- 元朝のクビライもチンギス四男トルイの息子。やがて中国本土を失い、モンゴル高原に撤退することになる。
- つまり、チンギスの子孫の遺伝系統は旧モンゴル帝国の南西方面で見つかることになる。モンゴル本土では他の有力部族も存在するため遺伝系統からの限定が難しいが、南西で出てくる系統は限られてるのだ。(ジョチ系統は問題あるが)
- なお、チンギス自身の遺伝系統は直接調べられていない。墓も見つかっていない。モンゴルでは神格化されているため、たとえ墓が見つかっても、遺伝学の調査はされないように思う。
- ティムールおよびムガール帝国も、そのバルラス部族はチンギスの子孫ではないが、しかし先祖は同じと伝承される。
FamilyTreeDNAでもしっかりBarlasがF4002にある。名前の情報は自己申告だから必ずしも信頼できるとは限らないが、他の分類にこれらの名は見あたらない。ちなみに、ジョチJochiの名もF4002のmughalの並びに見えてる。mughalのほうはムガール帝国との関係が書かれて無くて突っ込めないが、これもF4002だ。- F4002の関係する、チンギス以前の周辺一族(FTDNAにたくさんあるShanishkiliなど)の情報はあった。軒並みF4002が出てるわけだ。出てる系図上にBarlasもある。
- 2000年前前後だと匈奴やフン族の時代で、これは中国だと漢の時代にあたる。
2300という年代が下位に頻出するC2b1a2-M48系統こそが、匈奴のほうに参加した集団か。*10
ただし、他の集団もデータがないだけか、後の時代のボトルネックで昔の情報がわからないだけの可能性もある。たとえばチンギスの先祖でも、Barlasと並んでるカイドゥKhayduのとき滅ぼされかけた伝承を持っていたりする。(伝承は、嘘じゃなくてもお話としておもしろおかしく劇的に修飾される表現物だと思わなきゃならんが)
なお、匈奴とフン族は、数百年の年代のズレがあることに注意。関係性は一部であり得るが、同じではない、と考える必要があるだろう。 - 3000年前ぐらいだと鉄器時代初めで(地域差あり)、中国で周が始まり、中央アジアにアジア系が見え始めた時代にあたる。
カザフ人Kazakhに注意。このカザフスタンは、常に問題となる重要な場所を占めている。 - C2b1a1b1b-Z30402は2700年前に増え始めたヨーロッパの集団で、これは古い年代値を持つカザフ人とともに、遺跡データでは見つからなかった、鉄器時代初めにヨーロッパへ移動した東方ルーツの集団の一部*11にあたるかもしれない。ただし、いずれの場合も、後の時代に移動した可能性もあることに注意。
- 最終氷期最盛期(LGM,Last Gracial Maximum)が20000年前前後。氷河期の終わったのは11000年前で、海水位上昇はだいたい6000年前あたりまで続いたとされる。*12
- ちょっと大胆に行かせてもらいます。
この海水位上昇時、変化の大きい時期(MWP,MeltWater Pulse)が複数回あり、特に重要な二つ、MWP1A(14000年前前後、100-80m)とMWP1B(11300年前前後、60-40m)は、C2bとC2c1のボトルネックと一致してるんじゃないだろうか? *13
Sea level and global ice volumes from the Last Glacial Maximum to the Holocene - 当然、海水位低下時の東シナ海~黄海の広い陸地にも確実に誰か住んでいただろう。
二つの上昇時期に対応する、水深100mラインと50mラインに注意。
平らな土地であり、失われた大地はかなり広い。100mくらいまでは大地の損失もたいしたこと無いが、100mからの上昇はひどいことになる。直前にひっかけのような海水位の揺り戻しもあったし。
海水位が上昇したら、住んでいた土地を失って、どこかに移住せざるを得ない者たちが、大量に発生してしまう。そして、この天変地異こそが発散移住のトリガーとなるのだ。
これ、関係しそうな伝承(翻訳元は『列子』湯問篇)もある。この伝承には共工も関わるが、触れると話が長くなるのでまたそのうち。最古の土器(出土年代図)も、年代的にこの海面下の土地に関わるだろう。想定される伝播経路に注意。
たとえ土器文化の真の起源地であっても、考古学的な証拠の発見は絶望的に難しい場所だが。 - とはいえ、各種穀物栽培や農耕の始まりも問題となる。イネの起源追及だけを考えても、最新研究(日本語だとこのへん。英語ではこのへん)では年代的に氷河期終わりぐらいまで遡っていたりするのだ。他の穀物起源も問題になるのよ。
- このへんの話はいくらでも書けるから、表の残りをかたづけよう。今回も順調に長くなってきた。
- インドとスロバキアのC2b1a4-Y11990も、なかなかの謎を提供してくれる。
- C2c-F1067の一番ルートにいる中国南部の一人(YFull)は、論理的にはC2c2に該当するか。C2c2分岐自体を表に書かなかったけど。
- 日本もC2でいくつかの重要な謎を提供している。
C1a1やD1bのことを考えれば、日本は海水位上昇で大陸から遠く切り離されたために、氷河期終了以前の東アジアの状態が特別良く残ってる、と期待できる場所なわけだ。大陸から見れば、日本はまるごと全部僻地の離島であり、地形条件として古い物の残る場所だよ。
(似た条件を持つのが、フィリピン・ニューギニア&オーストラリアとその周辺。実はアメリカ大陸全体も、氷河もあって切り離されていた孤立集団。台湾は大陸に近すぎるし完全な陸続き状態も長くあったが、それでも離島のうちではある) - C2aは結局最初の一人しか発見されておらず、珍しい存在だったようだ。ただこの人物、他に古くから知られた変異マーカーが発見されないんだから、たぶん研究が進むと珍しい分岐に分類されるだろう。
- C2b1a5-Z31698(C2b2)は、ISOGGの分岐図だとこのZ31698がC2b2のところに記されており、これも解析が進んでこのC2b1a5になったと見られる。
おそらくこの人物は、FamilyTreeDNAでC2bのところに"neg all subgrps"と書かれている日本人だ。(allと書いてあってもFamilyTreeDNAも一部の知られた主要マーカーしか調べてないため、この予測をする) - C2c1-F2613のところにある(旧C2d)IMS-JST002613-27は、今では単純にC2c1の変異マーカーの一つと見なされている。それ以下の解析はまだされていないようだ。
まあ、やっぱりY染色体ハプログループCはまだ研究途上だ。
じきに事実がわかってくるんだから、うかつに踏み込むとケガをする。
それでも怖れずに、まだもうちょっと踏み込んでみよう。
まずは「モンゴロイド」だ。
長くなってきたし、ここから別記事にしよう。日本の話も残ってるし、モンゴルなどのその他系統の話もある。
*1:ただしこのカムチャツカ半島では、紀元前6400年にクリル湖カルデラが鬼界アカホヤ噴火と同等レベル(VEI 7)の大噴火をしていて、そこで住民も入れ替わった可能性がある。
*2:大量にあったC3*が崎谷さんとか崎谷さんを間違わせてたように。ところが結局そのC3*に、他ならぬチンギスカンの一族までが未分類のまま残ってたのだ。
*3:ちなみにDも日本人と別のチベット系のD1aしかいない。
*4:アフガニスタン中心の論文。アフガン・タジクなどはアフガニスタンにいるタジク人を意味する。パシュトゥンが一般的なアフガン人で、ハザラはアフガニスタンの少数派。
*5:こちらは統計として、有料遺伝テストを受けるようなクラスの特定集団に偏っていて正しくないが、どんな系統の有力部族がいるかの確認にはそんなに問題はないだろう。ちなみにカザフ人は、Dulik2011だとM86系統だけで過半数を超えてた。ただこちらはサンプル数が54しかない、誤差の大きい調査だ。
*6:南シベリアに堅昆とか契骨の名で記録された同名集団がいたが、結局関係性は不明のようだ。
*7:意図的にふさわしくないサンプルを選んで社会分析とかを捏造することもできるわけさ。たとえば、顔を見て聞く相手を選んでる街頭調査なんてのは、無意識であっても相手の選択が入ってる。
*8:時代が新しいからあちこちで混ざってなくて固まってるわけ。なお、他の集団とあんまり関わりのない僻地の孤立部族というのも、古いけど「混ざってない固まった集団」であり、これも同じような事が起こる。まあこの場合、最初から意識的に孤立部族を調べてるだろうが。
*9:ただし民族のウズベクは子孫限定でなく、集団全体の名乗りとして流用したケースのようだ。
*10:他に、Q・R・N系統も関わってる可能性高し。
*12:同時に大地(海の底も含む)の隆起と沈降も起こっているため、場所によって事情が異なる。縄文海進(第四紀学会)も日本など地域的だったのです。wikiの説明は重要なところで間違ってるぞ。
*13:ついでに、MWP1Bの頃の60m-40mは、ベーリング海峡・宗谷海峡・ついでに台湾海峡の深さを含んでいて、どこもユーラシア大陸から切り離されたのはだいたいその前後だとわかる。追記。もうちょっと調べたところ、このMWP1Bは測定誤差で大きく出てるかもしれないようだ。