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知識探偵クエビコ

人類史・古代史・神話の謎を探ったり、迷宮に迷い込んだり……

アイヌADMIXTURE論文の続きと、アイヌについていろいろ

人類 日本人 遺伝学

「D1bの進入ルートについて」論文で、自分の読み込みと調査不足のため触れなかったADMIXTUREがある。

(また、今までに書いていたアイヌY染色体ハプログループデータの比率を少し(D=87.2%が89.5%に)訂正しました。申し訳ない。*1

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問題は、どちらの図でも奇妙な混ざり方をする紫だ。(なお、図の説明に登場する「Figure 1a」は、この次に引用する主成分分析図にあたる)

この紫は、青いほうのアイヌの人々とはっきり分かれた100%の純度で、5人分が現れている。するとこの5人が平取のアイヌ集団に加わった時代は、かなり新しいはずだ。

しかしこの紫は同時に、他のアイヌ集団と混ざった状態でも現れている。

また、青と量は違うが、同じぐらいにまんべんなく、日本や中国の人々など全体に混ざってもいる。

彼らの正体は何者だ?

 

論文には次の主成分分析図もあり、左上の赤で囲われているのが紫100%の5人だという。

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さらに論文はこの5人の正体を、重要証言を元に次のように推測する。(下線は自分が引いた)

Another information from the Ainu representatives of the Biratori Town was that some Sakhalin Ainu people migrated to that town after the World War II. There is a possibility that the five outliers in the red circle in Figure 1a are Sakhalin Ainu people.

つまり、「二次大戦後、平取にサハリンアイヌ樺太アイヌ)が移ってきた」という証言があり、この5人がそれにあたるのではないか、というのだ。

 

そう、彼らは加わった年代は非常に新しいが、しかし元をたどれば同じアイヌ民族だった、と考えられるのだ。(このデータが集められたのは1980年代初頭のため、本当に戦前の樺太出身の移住第一世代がデータに入った可能性もある)

だから紫は混ざらない100%で登場するとともに、他のアイヌに混ざっても出てくるし、その他の民族集団への混ざり方も似ていたわけだ。*2

この状況は説明が必要だろう。

アイヌ(正確に書けばその先祖集団)は非常に古いために、変異をいろいろとたくさん持っていたわけだ。*3

だから主成分分析をすると、蓄積された変異による個性の差が大きく出て、上の図のように個人個人がバラバラに大きく分散することになる。

――ただし、混血状況など別の理由がある可能性も書かれていた。アイヌだけが他の民族すべて以上に拡がっていて、日本集団の中に現れるものすらいるわけで。(自分も、アイヌ先祖集団が北ルートと南ルートの混合で生まれ、故に起源の時点からばらつきが大きかった、という可能性を考える)

そしてここに地理的な隔離が働くことで、交流が限定され、それぞれがある程度独立した傾向(地方性)を持つことになる。

――これは当然サハリンアイヌに限った話ではない。千島アイヌも、その島ごとに異なる傾向を持った集団だったと考えられるわけだ。また日高山脈のような北海道内部の地理的隔離も、集団の多少の違いを生んでいるだろう。*4

だからADMIXTUREのような分析をしたときでも、それぞれが異なる特徴を持つ集団だと判定されやすい、ということになる。アイヌのように起源の古い集団は、その古さの分だけ独自の変異を多く獲得することになるわけで、するとさらにその内部で分割され、複数の集団と分析されてしまう可能性もあるわけだ。

 

この、完全なサハリンアイヌが日高アイヌのデータに入っていたらしい(この論文の解析できた範囲で5人/36人中にあたり、割合は約14%)という状況は、他のアイヌデータの再検証をしなければならない事態を生む。

これは、サハリンアイヌ側にはオホーツク文化の影響が大きく出ている可能性が高いからだ。しかも実際には彼らは、昔のオホーツク文化の時代だけでなく、その後もずっとサハリンなどの周辺民族と交流し続けてきた人々でもある。

しかし同時に、そのサハリンアイヌを除いて日高平取のアイヌだけのデータを見たときのオホーツク文化の影響は、除いた分だけ減った値になってしまうはずなわけだ。

地域が違うならその地域に対応したデータの出てくる可能性を考えるべきだったわけで、本当は最初からサハリンアイヌのデータを分けておくべきだった、ということになる。*5

ただし、そのとき気にせず調べてくれたからこそ、望んでも手に入らない貴重なサハリンアイヌのデータ(歴史・伝承の物的証拠)が残ったことになるわけだが。

 

ここで、この論文を隅々まで読んで自分のミスを発見したことを告白しなければならない。

この論文には、今までの現代のアイヌに関する遺伝学の論文が、すべて1980年代に採集された同じアイヌサンプルを参照していると書いてあったのだ。*6

予想外なことに、4人しか見ておらずしかもそれ以前のTajimaの16人分の結果を引用しているHammerの論文でも、実際の重複があるかは不明だが、結局どちらも同じ時に採集したアイヌサンプルを見ているデータだと言う。(16人と重複する部分のデータを調べたと仮定すると、何でわずか4人だけ調べてるのか理由がわからなくなるが)

そこで今後アイヌの男のデータとしては、確実に別サンプルを見ている、最大の男19人(男女不問で49人分)を分析した小金渕Koganebuchiのデータ単独を中心に使うとします。(なお、このデータのサンプルIDを見ると数カ所飛んでいるところがあるため、実際のサンプル人数はもう少し多いらしい。実際、ミトコンドリアではアイヌ51人分(血縁関係無し)のデータがある。ただし、このアイヌサンプルに男が最終的に全部でどのぐらい含まれているか、片っ端から論文を読んでもわからなかった)

ちなみに、同じサンプルを見れば比率は同じであるため、結果的に出た比率はさほど変わっておりません。

また、既に最近は、HammerとKarafetのデータのように、同じサンプルを疑ってかかり、重複問題が起こらないようにしております。

おまけ。昔引用した篠田先生のスライド(pdf)アイヌミトコンドリア51人分でした。そこに過去のデータがあったのでついでに引用します。現在のアイヌデータは、おそらくGの多さなどにサハリンアイヌの混ざった影響が出てるはず。

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ついでに、篠田先生の新しいスライドも見つけました。(元の同じ画像入り)

DNAから見た日本人の起源 ~日本人成立の経緯~、篠田 謙一 - 雲南懇話会

http://www.yunnan-k.jp/yunnan-k/attachments/article/893/20160319-36-05-shinoda-slide.pdf

ここには、石垣島白保遺跡のデータとか、同じM7aでも日本の南と北は別系統、なんて情報も出てます。

(ちなみに、昔はこのM7aを南方系統とか片方に決めつけてたんです。ここでこの北の系統の拡がった範囲が、東北限定であることにも注目。昔からのアイヌ語圏はこのあたりまでじゃないか、と以前から書いてる範囲ですよ)

 

ところで、アイヌに関しては他にもいろいろ調べてる。

たとえば、瀬川拓郎さんの『アイヌ学入門 (講談社現代新書)』を読んだり。(『アイヌと縄文: もうひとつの日本の歴史 (ちくま新書)』のほうが新しい本。ついでに検索リンク

どうやら、D1b1がやけに多かった旭川のデータにも、やはりアイヌの方々が含まれていたようだ。(※これは日高でもサハリンでもない別地域のデータとなる)

旭川市公式でも詳しい歴史事情がまとめられてました。旭川市アイヌ文化振興基本計画 | 旭川市

 

この瀬川拓郎さん(現在の旭川市博物館長だそうで)は、ウェブ上にもいろいろ記事があります。

アイヌと縄文の世界観 瀬川拓郎 | みんなの縄文プラス

朝日新聞デジタル:新たなアイヌ史へ:上 瀬川拓郎 - 北海道 - 地域

朝日新聞デジタル:新たなアイヌ史へ:下 瀬川拓郎 - 北海道 - 地域

これ重要情報ですね。

古代の擦文時代の遺跡は全道に分布するが、そこには時代的な差がある。道北とオホーツク海沿岸は、4世紀から9世紀後葉までオホーツク人というサハリンから南下した集団が占めていた。しかし9世紀後葉になると、オホーツク人の遺跡と入れかわるように、道北日本海側にアイヌの集落が出現する。10世紀にはオホーツク海沿岸、11世紀には道東太平洋沿岸・南千島・サハリン南部、15世紀には北千島からカムチャツカ南端にアイヌの集落が出現する。

実はこの方が書いてるらしきはてなダイアリーにもたどり着いてます。面白いです。

北の考古学─日々の着想

*1:データ採集の事情が判明した結果、同じサンプルを多重カウントしていたかもしれないミスがわかりました。過去の該当記事は、最近のD1b関係記事のアイヌを含むデータ画像も含めて訂正しております。ちなみに、D1b(2)の内部比率の多い順番が入れ替わったため該当文章は直していますが、他に記事内容や議論に影響するほどの数値の変化は起こっていません。

*2:これもADMIXTUREをどう理解するか、という解説になってます。ADMIXTUREをどう説明すべきか考えてるんですけどね、やっぱり、何が読み取れるか利益がわからないと、意味不明のまま記事を読んでお勉強する気にならないでしょう? だから、説明をまとめる前に、少しずつ引用しながらある程度まで説明を書くことにしました。

*3:たとえばアフリカの古い系統の人々を調べると、やはりその年代の古さに応じて、非常に多くの蓄積された変異を持っている。

*4:なお、影響の出る要素に、もちろん言語的な隔離や国境による隔離などによるものもある。だからこそ世界の人々を分析したときに、民族・言語・国集団ごとに分かれた状況が現れるわけだ。

*5:なお、江戸時代のアイヌ遺骨データがあるため、ある程度昔の各地の状況はわかっている。

*6:骨を調べる人類学者が、遺骨返還問題でアイヌとの関係を悪くしてるせいでしょうか。ちなみにアイヌ遺骨返還問題に関する文部科学省のサイトもあります。