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知識探偵クエビコ

人類史・古代史・神話の謎を探ったり、迷宮に迷い込んだり……

D1bの進入ルートについて――ADMIXTUREにも触れつつおさらい

縄文人Y染色体ハプログループD1bが日本の南北どちらから入って来たのかについて、いくつか。

 

まず、今後詳しく説明する予定のADMIXTUREも、この判断と関係している。

実は、日本人と韓国人(及び漢民族など)のADMIXTUREは、違いはあるが大きな方向性は似ている。

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The history of human populations in the Japanese Archipelago inferred from genome-wide SNP data with a special reference to the Ainu and the Ryukyu... - PubMed - NCBIの、Supplementにあったデータ。これが日本・韓国・漢民族(Han,CHB*1)などとアイヌ琉球を同時に揃えていてまずまず。*2

――ただしこのADMIXTURE、調べたメンバー(地域)構成と分割数によって毎回異なる結果が出てくることに注意が必要。いろいろ見た上で考え、判断してください。(深入りしないように、今回はこの程度の説明で済ませたい)

 

これは、日本人のADMIXTUREに、旧石器時代も含む古代から現在まですべてにおいて、朝鮮半島ルートから入った要素が多く、他の経路で入った要素が少ないことを意味している。

もしも北海道ルートから多くの北方要素が流入していたら、その影響は日本側勢力のみに及ぶと考えられ、それは当然日本人と韓国人の違いとして表れるはずだ。

しかし実際には違いがあまりないわけだから、少なくとも現在の日本人に北海道ルートはそれほど影響を残していないのだ。

ただしここで、アイヌ民族の場合は違ったADMIXTUREデータが出ている。ということは、こちらには北方の影響があることも考えられるわけだ。(ただし、このとき問題となる青の要素は、幅広い集団で観察できる、いろいろな要素を含んだものだから注意して欲しい。*3

(あるいは、日本人が征服され置き換わっているか、逆に北海道ルートの影響が朝鮮半島にまでしっかり及んだなら現在の結果となるか。または、北など周囲からの影響が日本人と韓国人で偶然似ていたならば、結果的に混合後の状態も似たものとなる。しかしこれらは、他の事実や数々のデータから否定されるわけだ)

 

なお、沖縄ルートに関しても同じような理屈は成立する。

ただしこちらは海路で見ると朝鮮半島とかなり近く、実際に交易もあり、共通するハプログループもいて、ADMIXTUREの類似点も多くなる。そのため、沖縄ルートからの影響が日本人にあっても、そのときは海路で同時に韓国人側にも影響することがあり得たり、あまり違いがわからないということになる。*4

(なお、「東方地中海(文化圏)」という用語もあります。慶應義塾大学 アジア基層文化研究会

 

また、以前「日本人のDNA、縄文人から12%受け継ぐ」というニュースについて、という記事で読んだ論文の内容も、遠回しだけれども、縄文系統のD1bがまず日本列島に南から入った(北海道ルートではない)ことを示唆していたと受け取れるようだ。

この論文のプレスリリースには、「縄文人は、現代人の祖先がアフリカから東ユーラシア(東アジアと東南アジア)に移り住んだ頃、最も早く分岐した」とあった。さらに、アメリカ先住民の東アジア人からの分岐はこの縄文人の分岐より後、ともあった。*5

つまり、縄文人は東ユーラシア人から一番早い時期に分岐していて、先に分岐した東ユーラシアの現存集団は見つかっておらず、なおかつアメリカ先住民の分岐も縄文人よりは後、だったわけだ。

 

ここで、おさらいをしながら説明していこう。

まず、縄文人を含む東アジア人(東ユーラシア人)は、東南アジアを通る南ルートで移動したのであり、バイカル湖周辺を通るシベリアルートではなかった。(「モンゴロイド」という表現の否定

そしてこのとき同時にわかったこととして、アメリカ先住民のほうはこのバイカル湖周辺(マリタ遺跡)にいた人々との関係性を持っていた。(最初この記事で触れたお話)

つまりアメリカ先住民は、古代の東アジア人ミトコンドリアハプログループはA・B・C・Dで、Y染色体はC2)と、マリタ遺跡などバイカル湖周辺系統の人々ミトコンドリアはXで、Y染色体はQ・R)が、合流して成立しているわけだ。(ミトコンドリアに関してはこの記事でまとめた)

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さらにこの、アメリカ先住民のアメリカ大陸への移動ルートは、(東アジア人系統ならば特に)だいたいアムール川河口付近を通ることになる。この周辺をアメリカ先住民が東アジア人から分岐した場所、と想定することもできるだろう。

(ただし、ずっと海岸づたいで、北海道から千島列島経由で一部アメリカ先住民が移動した可能性もある。ちなみにその海岸ルート説の別記事も書いてる。この場合、アイヌ民族か日本人と一部アメリカ先住民の間に深い関係性が見つかるかも知れない)

ところがこの地域は、まさにサハリン経由北海道ルートの付け根でもあるわけだ。(これらも別の記事

つまり、アメリカ先住民となった集団と、旧石器時代に北海道ルートで日本に入ったとされる集団は、これらの時期にアムール川河口付近にいた集団を元として、繋がっていることになる。(なお、サハリン集団も同様の関係性を持つ可能性が高い。ここはアムール河口域に繋がる、地理条件により接触集団の限定された僻地なのだ)

もちろん、このアムール河口集団自体にも時期による変化はあっておかしくない。

しかし北海道ルートの考古学的証拠(黒曜石交易など)はそれほど古くなく、しかも後の時代に続くものだ。すると、問題となる集団の存在時期に大きな隔たりはなく、むしろかなりの期間で重なり、だいたいは共通する集団だったのではないか、ということになる。

ということはこのおさらいの範囲でも、北海道ルート集団は、日本にいてアメリカ先住民組でもある、ミトコンドリアハプログループA・B・C・D、Y染色体C2・Q、の中にいるのではないか、ということになる。アメリカ先住民にいないD1bなどは違うのではないか、ということになるわけだ。

(なお、ミトコンドリアN9bのオホーツク民族から北海道への移動は否定した。真相はまるで違っていて、ロシア沿海州のN9bは日本から出たものであり、しかもその共通祖先年代も約642年前(誤差0~1585)という新しさだったのだ。アメリカ先住民集団にN9bなどNはいないのだから、このほうが理屈は通る)

 

またここで、縄文人の東ユーラシア人からの分岐は最も早かった、とされることも意味を持ってくる。

縄文人の分岐の場所がアムール河口域ならば、アメリカ先住民の東アジア人からの分岐時期との差もなくなってしまう。この場所に縄文人の分岐位置を持ってこようとすると、その長い移動経路で、縄文人よりも分岐の早い集団がいろいろ残っていそうな状況になってしまう。

縄文人の分岐の特別な早さは、縄文人が移動経路の初期段階に近い場所で分岐したことを示唆している。

実際、西のチベット周辺に日本のD1bの親戚であるD1a集団もいて、ブータンから両者の共通祖先が出たとするデータのある論文(The Y-chromosome tree bursts into leaf: 13,000 high-confidence SNPs covering the majority of known clades. - PubMed - NCBIこれも以前の記事で少しだけ紹介してます)があったりもするわけだ。

 

ただし、「縄文人は西で分岐をした後で、はるばるアムール河口域にたどり着いた」可能性を完全否定できるわけではない。

現在の日本人D1bの孤立状況は、縄文人分岐後の移動経路のすべての場所でD1b存在証拠が残らない状況になる、という展開を考慮する必要が出てくるため、移動経路の短い(あるいは海に沈むなどで考古学的証拠が消滅する)説ほど、成立する見込みは高い。

しかしこれは、「証拠が出ないことが証拠」という論理なのだ。

本物の存在証拠がどこかで実際に出たら、それを予測していたり肯定する説が一気に優勢になる。

だから、いろいろな可能性を考え、何があったら証明できるか(※この、論理的に証明となる状況を考えて指摘することが重要)、たとえ現在の主流派の説じゃなくても、考える価値はあるんです。

 

おまけ。他のアイヌ主役のADMIXTURE論文の図を、語族ごとに僕が並び替えたもの。(中身の一つ一つの順番も適当に並び替えてます)

メンバーと分割の仕方によってADMIXTUREはこんな風に変わる。考えるに、「似ている」とプログラムが判断する分割の範囲が条件次第で変わるからでしょう。

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*1:CHB=北京、Han-Sh=上海、Han-Tw=台湾の漢民族、Han-Ga=広州。少数民族は、Naitive Taiwanese台湾原住民オーストロネシア語族)・(ここからタイ・カダイ語族)Zhuangチワン族・Dai西双版納タイ族・Jiamao海南島リー族加茂語集団・(ここからミャオヤオ(モンミエン)語族)Hmongミャオ族系モン族・Miaoミャオ族・大きく離れてSheシェ族・(戻ってオーストロアジア語族)Wa佤(ワ)族・(このあたりから散在するシナ・チベット語族)Lahuラフ族・飛んでJinuoジーヌオ族漢民族を挟んで飛んでTujia土家族・Yiイ族・Naxiナシ族・(このあとモンゴル諸語)Tuトゥ族・Daurダウール族・飛んでMongolian・(このあとツングース系)Hezhenホジェン(ナナイ)族・Xibeシベ族・Oroqenオロチョン族・(最後にテュルク諸語)Yakutヤクート(サハ)族・Uyghurウイグル族。(グラフも語族ごとに並べるぐらいはして欲しいものだよ)

*2:欲を言えばニヴフなど北海道周辺も欲しい。なおこの論文は斎藤研究室のもの。この研究室は公式サイトがあって論文の一覧もある。

*3:歴史時代におけるオホーツク民族からの影響は論文の結論でも触れられているが、実はこの分析結果はその結論に結びつかない。この青はアイヌ以外からも普通に観察できる時点で、これが新しいオホーツク民族からの影響とは言えなくなるのだ。青の内部要素として含んでる可能性はあるが、その存在証明は全くできていない。このデータのアイヌはあくまでも、「元は青ばかりだったはずのアイヌ集団に、本州の日本人系統が混ざっていく途中の状況」と考えられるものだ。(「新しい継続する混合」を示すADMIXTUREのサンプルにできそう)

*4:ADMIXTUREは、もとの状態が似た集団の間だと、混合したり侵略したとしても変化がわからないという欠点がある。

*5:ところで、チベット周辺のD1a集団も、日本のD1bと分岐時期の同じ頃の親戚ということになるわけで、言及しておくべきだったように思う。