知識探偵クエビコ

人類史・古代史・神話の謎を探ったり、迷宮に迷い込んだり……

アンダマン諸島のY染色体ハプログループD系統の解析

前回の最後に書いた事の答えは、タイトルの通り。

  • 2018/4/3追記。Y-Full見たら、日本のD-M64.1の前側にアンダマン諸島の方々が来てた。ということは、今後日本のD1b-M64.1は、少なくとも一つ伸びてD1b1かD1b2ぐらいになるでしょう。

Y-FullでDの分岐の根元に表れた人々の正体は、昔から知られていたがずっと未分類状態だった、アンダマン諸島ジャラワ族オンゲ族だった。

アンダマン諸島を示す地図

https://www.yfull.com/tree/D/

このY-Fullのデータに、元の論文及び公開データ*1から、族名とミトコンドリアハプログループ*2を書き足そう。

  • D-Y34637 formed 45200 ybp, TMRCA 4500 ybp
    • D-Y34960 formed 4500 ybp, TMRCA 425 ybp
       ERR1813573 IND [IN-AN] ジャラワ族JAR-61 mt-M32a
       ERR1813572 IND [IN-AN] ジャラワ族JAR-54 mt-M31a1b
    • D-Y34670 formed 4500 ybp, TMRCA 1050 ybp
      • D-Y34670*
         ERR1813570 IND [IN-AN] ジャラワ族JAR-27 mt-M32a
      • D-Y35019 formed 1050 ybp, TMRCA 275 ybp
         ERR1813579 IND [IN-AN] オンゲ族ONG-9 mt-M32a
         ERR1813577 IND [IN-AN] オンゲ族ONG-4 mt-M31a1b

元論文 Genomic analysis of Andamanese provides insights into ancient human migration into Asia and adaptation | Nature Genetics

データ http://www.ebi.ac.uk/ena/data/view/PRJEB11455 (European Nucleotide Archive)

 

見てわかるとおり、共通祖先年代に大きなボトルネックがあり、調べられた集団は滅びかけたことがあるようだ。

地理条件から推測すると、津波(及びその後に起こる様々な災難)の影響か。スマトラ沖大地震でも、インド洋東側の小規模な先住民集団は被害を心配されていた。(BBC Andaman aborigines' fate unclear

 

ということは、まだブータンの問題のDは解析されずに残っているわけだ。

 

そしてこの論文にもこんな図がある。 

f:id:digx:20171214005214j:plain

デニソワ人・ネアンデルタール人と並ぶ位置にある”Unknown Southeast Asian”がポイントで、これがチベットビルマ語族・アンダマン諸島人(総称)・インド人・パプア人・アボリジニ*3に影響を及ぼしているという。

それにしてもこの”Unknown Southeast Asian”は、どうやら前回の、12万年前の早い時期に出アフリカした人々に当たりそうだ。(現生人類の出アフリカも図の少し新しい時代の位置にある)

 

なお、デニソワ人とアジアの先住民族全体との関係は、次の斎藤研究室の論文(2017)の図が詳しい。

Discerning the Origins of the Negritos, First Sundaland People: Deep Divergence and Archaic Admixture | Genome Biology and Evolution | Oxford Academic

f:id:digx:20171214010736p:plain

Mly-NNはマレーのNon-Negrito(ネグリト以外)。Phil-NNはフィリピンのネグリト以外。

なお、図中のネグリト=Andamanese・マレーシア(Jehai,Kintak,Batek)・フィリピン(Aeta-Agta,Batak,Mamanwa)・Papuan-Melanesian。*4

f:id:digx:20171214010747p:plain

最も影響が出てるのはパプア人で、その次にフィリピンのアエタ族が来る。アンダマン諸島人も、強くはないが影響はある側にいる。

しかし、氷河期に陸続きになったスンダランド系への影響は薄い。

つまり、陸続きにならなかった東南アジアの離島側集団にデニソワ人の影響が比較的強めに出ている。また、視点を変えると、時代が古めのネグリト側のほうが影響が強いようでもある。

そしてこれが、前回書かなかったが、デニソワ人(あるいはデニソワ人の影響が非常に強いデニソワ系集団*5は南方の東南アジアにもいたのではないか、とされる理由なのだ。――なお、デニソワ人とパプア人の関係は以前から知られていて、以前の記事でも触れている。 

ここで、西にいるアンダマン諸島人も影響が強めであるため、デニソワ系との接触は、東南アジアの本土側で起こった/スンダランド圏は後から来た者たちで影響が薄まり、ほぼ消えた、ということになるんだろう。

 

*1:元はジャラワ族4人とオンゲ族6人分のデータから、合計5人分だけ使われてる。

*2:M31,M32はどちらもアンダマン諸島特有。

*3:Y染色体ハプログループでDとC1bのメンバーで、日本人やアイヌは本当に関係ないのかが気になる感じ。

*4:マレーシアだけネグリト側がまとめられてる。

*5:前回書かなかったが、純粋なデニソワ人ではなく、濃く混血した集団の存在もあり得たのだ。

ニュース:現生人類、「出アフリカ」は一度だけではなく、約12万年前から始まっている

少し遅れたけど、わかり始めてたことを、現時点で学者がまとめた研究報告のニュースです。

今回は、このニュースと該当論文以外の話もする。

現生人類、「出アフリカ」は一度だけではなかった 研究 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

【12月8日 AFP】人類がアフリカを出て移住したのは約6万年前の一度だけという説はもはや正確な人類史とは考えられないとする研究報告が7日、米科学誌サイエンス(Science)に発表された。

 研究によると、現生人類の拡大をもたらしたのは、約12万年前から始まった複数回にわたる移住だ。

 DNA分析や化石同定技術の発達、とりわけアジア地域における発見が、人類の起源についてのこれまでの認識を見直す一助となっている。

 研究によると、現生人類ホモ・サピエンス (Homo sapiens)がアジアに到着したのはこれまで考えていたよりずっと前であることが、過去10年間の「大量の新発見」で明らかになったという。

 中国の南部と中央部の複数の場所で、約7万~12万年前のホモ・サピエンスの化石が見つかっている。また発見された他の化石は、現生人類が東南アジアとオーストラリアに到着したのは6万年前よりもっと前であることを示している。

 

元の研究報告はこちら。

On the origin of modern humans: Asian perspectives | Science (Christopher J. Bae, Katerina Douka, Michael D. Petraglia)

ただし、この報告を必要以上に細かく読む必要はないかもしれない。英文の上に、あらまし以外を見ようとすると有料だったり。また、これが「まとめ」である以上、報告されてる要素の一つ一つは既に発表されてるわけだ。

それに、今回の件に関しては別のリリースもある。  

こちらが、マックス・プランク人類史学研究所(Katerina Douka, Michael D. Petraglia所属)のニュースリリースだ。

Revising the story of the dispersal of modern humans across Eurasia | Max Planck Institute for the Science of Human History

© Bae et al. 2017. On the origin of modern humans: Asian perspectives. Science. Image by: Katerina Douka and Michelle O’Reilly

※なお、この図は学者の意見が一致しない「可能性」の要素も描いたようだ。これは……研究を促すためなのか。(デニソワの問題はこの後まとめる)

 

このリリースには――未解決の問題が残っていて、アジアで新しいリサーチが必要であるとか、複雑な人間の分散モデルを開発する必要がある――などと書かれている。

 

さらに、少し前に同じメンバーが報告を出していて、問題の研究報告がどういった事柄(論文)を元に書かれたか、こちらで一通りわかるようだ。

Human Colonization of Asia in the Late Pleistocene: An Introduction to Supplement 17 (Christopher J. Bae, Katerina Douka, and Michael D. Petraglia)

似た内容の図もある。(違う部分が今回の意図的なところか)

The various dispersal models for modern humans from Africa and into Asia

  

ここで元になってる発見や論文は、一部は自分もニュースにした。

ヒトが初めてオーストラリアに到達したのは約65,000年前だった 

スマトラ島でも73,000~63,000年前の化石発見――続報:ヒトが初めてオーストラリアに到達したのは約65,000年前だった

西アフリカ・モロッコの30万年前のホモ・サピエンスも「類人猿はどこから「ヒト」なのか? (分類編)」の最初で触れてる。

(確かに、これらはみんな今年のニュースだったわけだ)

 

そして、中国南部の8万年以上前の化石人類など、近年中国で出た化石も、今回の記事の問題に大きく関係している。

上のニュースは2015年だが、今年2017年3月のニュースもある。

これは、「デニソワ人かも知れない」というところが重要なところ。

この他、デニソワ人だけでなくネアンデルタール人やフローレス原人や、その他アジア各地の化石人骨が、今回の記事に関わってくる。

 

また、引用されてる中に海部さんの今年の論文もあった。

Archaic Hominin Populations in Asia before the Arrival of Modern Humans: Their Phylogeny and Implications for the “Southern Denisovans”

これが、 “Southern Denisovans”――未確認の「南方のデニソワ人」に関する論文だ。

 

そして、実はこのデニソワ人こそが、重要な未解決の問題の一つなのだ。

この、「南方のデニソワ人」がちゃんと確認できていないために、今の学説は、「北方のデニソワ人」のみが確実な状況で組み立てざるを得ない、不本意な状況になっているわけだ。

 

デニソワ人の問題

確実なデニソワ人は、北方のロシア・アルタイ地方のデニソワ洞窟でしか見つかっていない。

しかも発見されているのは、わずかに「歯が3つと指の骨のかけら1つ*1だけなのだ。

デニソワ人の歯(レプリカ)デニソワ人の指の骨(レプリカ)

分岐図(4番目のデニソワ人)

ただ、このたった4つの骨それぞれの遺伝的な解析が可能だったために、ネアンデルタール人とも現生人類とも異なる「デニソワ人」として、これらが認識されているわけだ。*2

 

しかし、その姿はほとんどわからない。ほぼ歯しかないんだから。他の化石と比較して姿を再現することも難しい。

しかも、このデニソワ洞窟のデニソワ人と、南方など他のデニソワ人は、形態が違う可能性もある。

ということは、他に「デニソワ人」と言える化石があるのか/逆に確実に「デニソワ人」ではないと否定できるのか、今の状態では、ほとんどわからないわけだ。

遺伝解析できない限りは。

 

そして、ここからが重要だ。

デニソワ人は、遺伝的証拠からすれば、南方(東南アジア方面)にもいたはずなのだ。

しかし現状では、デニソワ洞窟以外の「デニソワ人」は、確実には存在証明できていない。

ところが、「デニソワ人」の真の姿がわからないわけだから、今のところ確認できていないだけで、「デニソワ人」は既に発見された化石人骨の中に潜んでいる可能性もある。

そして、そういう状況だからこそ、「確実なデニソワ人」の発見も求められてるわけだ。

 

今回の記事は、まるで今年のまとめ記事のようだった。

でも、まだ多少関係ある話題が続きます。Y-Fullでずっと分析中だったDの正体がわかった。

 

*1:ここで、4番目のデニソワ人の「確認」も今年の論文(A fourth Denisovan individual)

*2:なお、図にあるSima de los Huesosは「考古学的な遺伝証拠はどのぐらい古くまで残ってるものか?」などで扱った、43万年前のスペインの化石人骨。

Liaoningさんと東京集団の分岐年代は5500年以上前とされた―遼寧省錦州市のY染色体ハプログループC1a1の由来はどこにある?

Liaoningさんの続報(コメント欄)です。

  • 11/19、港川人など付け加えつつ少し修正

  • 2018/4/3現在、Y-Fullの年代は5100年(95%の確率で7100年~3600年前の間)となっています。今後も年代値は修整が入ると思っておいたほうがいいでしょう。(タイトルも過去形にしてみました)

C1a1確定――遼寧省錦州市のY染色体ハプログループC1a1の由来はどこにある? - 知識探偵クエビコ

1、青海省德令哈市のC1-M8の情報について、中国の復旦大学は最初のSTRを再確認しました。結論はC1-M105のSNPの分析が間違えた。青海省德令哈市にC1-M8がありません。前回の3人はC2のM48です。

2、私のBamファイルをRay Banks先生にあげました。以下の英語内容はRay Banks先生のメール回答です。

I suspect the findings suggest it has been about 5,500 years or more since you last shared a common grandfather with the 4 Japanese men. This is based on your having the 27 mutations I listed as NEW in the attached spreadsheet.

I have created a new investigational subgroup for the tree consisting of your first five NEW mutations. https://isogg.org/tree/ISOGG_HapgrpC.html If anyone other than your relative is found to share any of these, we can upgrade those mutations to a confirmed status. Your mutations begin with the name Z45460.

問題は2。( 1は、仕方ないでしょう)

メールを訳すと……

この発見は、あなたが最後に日本人4人と共通の祖父を共有して以来、約5,500年以上が経過していることを示唆していると思われます*1。 これは添付されたスプレッドシートにあなたの27個の突然変異が新しく記載されていることに基づいています。
私はあなたの最初の5つの新しい突然変異からなる木のための新しい研究サブグループを作成しました。 https://isogg.org/tree/ISOGG_HapgrpC.html あなたの親戚以外の人がこれらのいずれかを共有することが判明した場合、それらの変異を確定状態にアップグレードすることができます。 あなたの突然変異はZ45460という名前で始まります。

というわけで、早速ISOGGまで更新されてます (11/17確認)。一気に変更だわ。

https://isogg.org/tree/ISOGG_HapgrpC.html (一部抜粋)

    C1a1a   P121
     C1a1a1  C
TS9336
    
  C1a1a1a  CTS6678^, CTS10729, CTS11058, Z7054, Z7180, Z7196, Z7643, Z7650^, Z7968^, Z7972^
    
  C1a1a1b   Z1356, CTS7128/Z1357, Z4160, Z7162, Z7228, Z7231, Z7232, Z7234, Z7237, Z7856, Z7869, Z7870, Z7898, Z7899, Z7900, Z7901, Z7902, Z7903, Z7904, Z7986, Z7988, Z7989, Z7991
     C1a1a2~ Z45460, Z45461, Z45462, Z45463, Z45464

最後にあるC1a1a2~が現時点でのLiaoningさんのハプログループで、この影響で日本のC1a1集団の名前が一つ伸び、C1a1a1-CTS9336以下になった。

 

このCTS9336は、Y-Fullでも増えてます。

まだLiaoningさん(YF11244 CHN[CN-21])のところに"Analysis in progress"はあるけれど、こちらの解析もとりあえず順調に進んでるようです。

https://www.yfull.com/tree/C/ (11/17確認)

yfull_C分岐図の一部20171117

なお、Sungirの位置も変わり、C1a2側のV20の前に入った(各所の年代も微妙に修正されてる)。ただしISOGGにこちらの変更は入っていない。

 

つまり、Liaoningさんと日本の東京の4人は、約5,500年以上前に分岐している。(新しい時代に日本から移住したわけじゃない)

ただし、東京集団との間で増えた違いは、今のところCTS9336わずか一つ分でしかない。(分析が進むと増えるかもしれないが)

ここでやっぱり、日本側で東京以外のデータがないことが問題になってくる。*2

日本国内でも東京4人とは別系統の、Liaoningさんと近い系統だったりもっと古いC1a1がいる可能性はあるわけで、まだまだはっきりしたことは言えないわけだ。

実際、東京のみの4人(JPT-NAxxxxx)は、日本のC1a1すべてを代表できるほどの幅を持っていないでしょう。

f:id:digx:20171020023737p:plain

特に、南西に離れた離島・沖縄のC1a1は分析が出てこず、上の表にも入っていない。

 

ここでLiaoningさんの「約5,500年以上前」という数字が、結局7300年前の鬼界アカホヤ噴火の年代を突き抜けるほど古くないことも重要になってくる。

鬼界アカホヤ噴火

C1a1は、古い系統なのに明らかに変異が少なく、どうも1万年以下の年代のボトルネックを持ってることが大きな問題だった。そしてこの原因の有力候補が鬼界アカホヤ噴火だったわけだ。*3

ハプログループC系統図(旧表記)
図のC1が現C1a1に当たる*4The study of human Y chromosome variation through ancient DNA

 

そしてここで、鬼界アカホヤ噴火直撃を回避した、ボトルネックを突き抜けるほど古いC1a1が残ってる可能性があるのも、地理的にはまず沖縄方面(本島以外も重要)なのだ。*5

また、東に遠い地域も可能性はある。そもそも南九州以外は、完全に滅ぼされるほどの被害は受けていないのだ。火砕流に直撃された範囲にあった貝文土器文化(※縄文文化とは異なる集団で、ハプログループD以外の関与が想定できる)が不運すぎたわけで。

そしてここで、貝文土器文化の民が海を越える人々・海人でありそうなことも重要となる。

避難民が逃げられそうな場所がどこにあったがが問題だが、海人は遠くまで行ける手段を持っているわけだ。

 

(以下追記)

そしてこの問題は、港川人(DNA解析不能らしい)白保人骨ミトコンドリアだけ解析され、南方由来とされるM7aだった)など沖縄方面で出た古代人たちとも関係している。

港川人は「オーストラリア先住民やニューギニアの集団に近い」とされているが、これは(既出分岐図を見てもわかるとおり)C1bなど古いC1系統と関係する可能性を意味しているわけだ。

そしてこのC1a1系統は、縄文時代から日本に存続していても多数派ではないため、縄文人側の特徴とそれほど似ている必要がないのだ。

*1:suspectとsuggestが二重の慎重な表現。

*2:この問題は前回予測していたこと。そして実は、この程度の古さの分析が出てくることも、ほぼ予測通り・期待通り(鮮卑と関係するには、少なくとも1700年程度は離れている必要があった)。若干古すぎるように見えるかも知れないが、日本国内の集団だけでもそれほど変わらない年代幅はあると推測されていた。

*3:他の原因でボトルネックが発生した可能性もある。しかしそれでも、Liaoningさんが以前から想定されていたボトルネックを突き抜ける古さを持っていなかったという事実は変わらない。

*4:C6が現C1a2、C3は現C2で、残りはすべて現C1b系統。

*5:ただし沖縄方面のC1a1も、後の時代に移住して繁栄した新しい集団という可能性はある。これは調べてみればはっきりすること。