読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

知識探偵クエビコ

人類史・古代史・神話の謎を探ったり、迷宮に迷い込んだり……

カミの遺伝学的解析――聖樹布と禁忌の民

そろそろ南方の話をしたい。そしてその流れで、以前D1b関連で見せたこの記事と別の直リンクADMIXTUREの説明もしよう。

しかしその前に面白い論文を紹介したい。これも南方の話だ。

今回の論文は海外の研究者が書いた物であり、日本の古代の知識には期待できないわけで、やはり突っ込んだ話は書かれていない。

だがこの論文は、日本人にとって極めて重要なことを示唆している。

(2/4 物部氏の話などちょっと追加。2/9 魏志倭人伝の引用部分変更)

 

その論文はこれだ。

A holistic picture of Austronesian migrations revealed by phylogeography of Pacific paper mulberry

タイトル中の"Austronesian migrations"は、これまでも繰り返し触れてきた、オーストロネシア語族の移住を意味している。

問題は、タイトルの最後にあってこの論文の主題の、"paper mulberry"。

f:id:digx:20170108224922j:plainwikipedia

この"paper mulberry"(学名Broussonetia papyrifera)は、日本語で「カジノキ」を意味している。

そしてこのカジノキ(及びコウゾヒメコウゾ)の繊維は、木綿 (ゆう)*1と呼ばれ、日本では古来から布(太布(たふ)、(たえ/たく)、栲布(たくぬの))や紙(いわゆる和紙だが、紙垂(しで)も作った)の材料となっている。

(参考に。現在も太布を作っている阿波徳島の人のお話

f:id:digx:20170120135259j:plain紙垂とは御幣などの紙部分(wikipedia画像引用)

*1:ワタから作られる木綿(もめん、コットン)とは別物。

続きを読む

“ニッポン”古代人のこころと文明に迫る

見ましたか?

NHKザ・プレミアム 英雄たちの選択新春SP▽“ニッポン”古代人のこころと文明に迫る

卑弥呼や古墳や銅鐸や、青谷上寺地遺跡とか蘇我氏のお話。

卑弥呼ネタ、実は今まであんまり深入りしないようにしてたんですが、今回は番組に合わせて、ちょっとだけツッコんだ話を書きます。

 

何より、究極の選択の、問題の立て方が面白かったでしょう?

卑弥呼の共立が、和平のためであったことから考えた問いとして――

卑弥呼出身地はどこか?」

卑弥呼はどこか?」(邪馬台国はどこにあったのか?)――じゃないんです。

この二つは、全く意味が違う。出身地と都は同じ場所とは限らない。それに確かに、和平のためにどの勢力からトップとなる者を選ぶのか、という視点から考えるのは非常にいい。

実は、都は複数あった可能性もあります。引っ越した可能性があるわけです。

それに、卑弥呼の都とトヨの都を考えた場合でも、少なくとも建物は違うはずだし(番組中にも、死んだときその宮殿は使わなくなる、という話がありましたよ)、そのとき場所も違ってくる可能性がある。

これ、学者の皆さんとか、邪馬台国論争を深く考えてる方々は、承知の上のはずなんですよ。

もう一つついでに、「卑弥呼のようなシャーマンは(女王のような国家的な位置づけとは別に)、卑弥呼が最初ではなく、トヨが最後でもない」のではないですか? この二人で終わりってわけじゃないはず。すると、その者たちに対応したそれぞれの時代の住居(都)があり得るのでは、ということにもなる。(このとき、支持勢力も変化するだろうということに注意。卑弥呼とトヨでも、中国に持っていった貢ぎ物が全然違ってたり)

 

そしてこの選択に出てくるのが、「北九州」「近畿」そして「瀬戸内(吉備)」です。

卑弥呼問題に詳しい方々なら(賛同するかどうかは別として)、なんでここに具体的に「吉備」が出てくるか、理由はわかるでしょう。

卑弥呼説があり箸墓古墳の埋葬者だとされる倭迹迹日百襲姫(ヤマトトトビモモソヒメ)が、この吉備の吉備津彦と兄弟姉妹関係にある、という話は僕も以前の記事で書いてます。つまりこの姫様、出身を問えば吉備の可能性があるわけです。*1

しかし、番組中にこの具体的な名前は出てこなかった。

でも吉備の楯築遺跡の話とか、弧帯文とか特殊器台とかの考古学的な話はありました。まあ、考古学的な理由は重要視すべき。でも、考古学だけでは、吉備からが来たという証拠にはなってないんです。移動したのは男じゃないのかとも言える。

やっぱり、口に出さなくとも倭迹迹日百襲姫のことは頭にあるはず。

 

ところで、歴史上最初に海外書物に記録された王、倭国王帥升が出てきました。

しかも、ひょっとすると、この人物が吉備の者で楯築遺跡の埋葬者なのでは、なんて松木武彦さんの話も。

*1:なお、このモモソ姫だけじゃなく、先祖がどうなのかも問題です。世代(年代)の違う話の可能性もある。

東北アジアのトナカイの民(似た名前の民族)

東北アジアシベリアの話をいくつか書いておく。ずっと前にしてた、似た名前を持った民族、特にトナカイに関係する民族の話だ。

名前が似ていても同じ集団だとは限らない、というやつ。トナカイの話もこの同じ記事の頃から何度もしていた。

f:id:digx:20161230181844j:plainトナカイ(カリブー)

 

似た名前の民族

スキタイには、サカペルシャ呼称)・サカイギリシャ呼称)・塞(中国呼称で発音はsekに近い)のような似た呼び名の集団と同じかという議論があった

また、匈奴とフン族も、名前は似ているが、実は違うのではないか、とされる。

実はこのフンのような発音は、ハンガリーHungaryの由来や、フィンランドのFinなども巻き込んだ問題なのだ。

フィン・ウゴル語派 - Wikipedia

このフィン・ウゴル語派が、フィンランドのサーミもシベリアサモエドも含まれている集団であることに注意して欲しい。

そしてこのフィン・ウゴル語派と関係する人たちの移住タイミングは、匈奴フン族よりもっとずっと古いのだ。

フィン・ウゴル語派(および上位のウラル語族)と関係する集団は、氷河期の終わった後早くに東から西へ移住したと考えられるわけだ。

ウラル語族分布
f:id:digx:20160721125425g:plain

Y染色体ハプログループN分布
f:id:digx:20160721123918g:plain

既出N論文、Genetic Evidence of an East Asian Origin and Paleolithic Northward Migration of Y-chromosome Haplogroup NからN移動の図。(東アジア起源だけど、西への展開はC2より北。今後いちいちツッコまないが、モンゴルやアルタイ起源ではありません)
f:id:digx:20161230144323j:plain

これと関係するのではないかと考えられるのが、トナカイの存在だ。

f:id:digx:20160710140245g:plain

このトナカイ文化の領域は、すぐ南にある馬文化の領域(次のチャリオット伝播図とかは参考になる)とは違うことが重要だ。

f:id:digx:20160706150911g:plain

ウマは、視界の開けた草原に住み、その草を食べる動物であり、その北の森やツンドラの地域には進出しなかった。

そこに住んでいるのは、トナカイ(シカ科オジロジカ亜科トナカイ属)なのだ。

なお、トナカイに似ているが家畜化はされていないヘラジカ(オジロジカ亜科ヘラジカ属)も一部重複する地域にいて、特にヨーロッパでは南寄りに拡がっている。

 

トナカイの民

ここからが今回の本題。

どういうわけか東北アジア地域には、このトナカイを意味するツングース語"Oro"などを民族名に含む、あまりにも似た名前の紛らわしい民族が、たくさん存在している。しかも、別名を追及してもそれも似ているのだ。

  • ツングース語族のトナカイの民
    • オロチOroch過去の別名にNani(意味は「土地の人」)もあるが、これはまた別民族のナナイ(Nanai)と同じ呼び名になっている。Nanaiのリンク先に書かれた情報に寄れば、このNanai/Nani「土地の人」は、自称として使った民族が複数あるそうだ。
    • オロッコOrokウィルタの別名)彼らもNaniと呼ばれたそう。ちなみにウィルタ(Ul'ta/Ulcha/Uil'ta)のほうも、別民族ウリチUlch。彼らも自称Nanaiの集団)とかぶる呼び名となっている
    • オロチョン(Oroqen。主に中国にいる)ここでロシアのエヴェンキ(Evenk)を調べると、彼らの中にもOrochon/Orochenの名を使ったものがいるとわかるし(日本語ウィキペディアにも言及あり)、ウデヘ(Udeghe)の別名にもOrochonがある。
    • エヴェンキエヴェンEvenも似た呼び名で、この両者も同族扱いされる場合がある。EvenはOrochelとも呼ばれたとされている。
  • コリャークKoryak。コリャーク語は古シベリア諸語とされるチュクチ・カムチャツカ語族も、語源はトナカイ(kor)とされる。またこの説明に登場する別の呼び名chavchu「トナカイの人」は、チュクチ(Chukchi。チュクチ・カムチャツカ語族)の呼び名の元になったともされる。

(アルファベット名称のリンク先はThe Red Book of the Peoples of the Russian Empireで、ここから内容の引用もしている)

 

この「トナカイの民」のみなさん、似てるというより、ほぼ同じ呼び名だらけで困っちゃうでしょ?

そして、記録される名前が似ているだけでは同じ民族とは言えないのがよくわかる。というかむしろ、同じ呼び名であっても同じ民族という保証はないことがわかる。

 

考えてみれば、こんな似た名前だらけになる理由は、充分想像のつく範囲にある。

同じような環境の地域で、似た暮らし方をして、似た言葉を使っていれば、自称民族名とか集団名として使われる単語がわりと限定されているために、必然的に呼び名の似る場合がある、というわけだ。

また他称の場合は、その人々が似ていれば似ているほど混同されたりひとまとめにされることも多いだろう。ただしこの場合、結果的に同じライフスタイルの異民族が合流するような場合もあり得るし、あるいは逆に元は同じ民族が地理的に分かれているというケースもあり得る。するとあとは、その集団の同一性の自己認識と、政府がどう扱うかも含めた、分類をどうするか*1の問題となる。

実際の場面では、自称でも他称でも、交流するときにそれぞれの区別/同一視を必要とする局面があるかないか、というのが呼び名の運命を定めそうだ。(これは、個人の名前で同じ名前だった場合に出てくる状況と同じで、呼び分ける局面がなければ同じ呼び名を放置しても、日常生活では問題が現れないわけ。しかし行政上では区別の必要が生じることになる)

 

おまけと期待

ちなみに、「トナカイ」はアイヌ語から日本語に入ったとされる言葉だが、さらに元となっているのはニヴフニヴフ語は孤立語。ちなみにNivkh自体は「人」の意味だとか)の言葉で、その意味は「引っぱる動物」だという。*2

この言葉は既にトナカイが家畜化された後の姿を指していることから、ニヴフは、古くからトナカイを相手にしているはずの「トナカイの民」集団とは別系統の集団ではないか、ということになる。

(なお、ニヴフの別名ギリヤークは船を漕ぐことを意味するという。ちなみに、ツングースでもネギダル(Negidal)エヴェンキ系だがトナカイとは無関係の名前で、海岸を意味するとあった)

 

も一つおまけに。

アイヌも「人」を意味する言葉で、この「人」を意味する言葉が呼び名になっているという民族集団は、世界中にたくさん存在する。

で、結構昔から指摘されてるそうですが、やはり「人」を意味してアイヌと似た音を持つ、イヌピアトイヌイットインヌなどの民族がアメリカ大陸北部にいる。

もちろんこれは偶然もあり得る。言語的に、意味が似て音も似た単語が別の言語で見つかることは全く珍しくない。どんな言語でも単語の数は非常に多いため、探せば偶然の一致は必ず見つかるわけだから。

それどころか、こんな論文もあります。

言語音、世界の日常言葉で多く類似か 国際研究 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

【9月13日 AFP】世界の言語の3分の2近くで、日常的なものを言い表すのに類似した音が使われている事例が多くみられるとする研究論文が12日、発表された。

論文はこちら。Sound–meaning association biases evidenced across thousands of languages

記事に書いてないけど、日本語でも鼻(nose)はハナですね。

 

しかし、アメリカ先住民とアイヌは遺伝的にも関係性があり得る。さらにイヌイットなどは海に生きる海獣狩猟民であり、特に海岸コース移住者との関係性が大いにあり得るわけだ。

ところが今のところ、このあたりのアメリカ先住民とアイヌを一緒に解析した論文を見たことがない。ここには、アイヌ入りの論文自体がまだ少ないという事情もある。

 

それで今は、いい論文が出てくるのを期待してるわけですよ。

トナカイだらけのツングース系も悪くはないんですが、アイヌとアメリカ先住民の関係を調べて欲しいなあと。

 

ちなみに、ニヴフ入りアメリカ先住民論文はあります。ADMIXTUREはないがTreeMixはあって、そこそこ面白いデータが出てる。

The genetic prehistory of the New World Arctic | Science

f:id:digx:20161231170802j:plain

Saqqaqサカク)はグリーンランドの4000年前の遺跡人骨で、現在のグリーンランド住民は入れ替わっており、子孫はアメリカ大陸に現存していないようだ。そのSaqqaqがどうもNivkhの近くに出てくるわけです。(ただし、シベリア勢が他におらずどの程度特殊か比較判断できない。おなじみのマリタ遺跡人骨MA-1はあるが。またSupplementには違うTreeMixも出てます)

 

さらに別の論文(同じSaqqaq入り)の、日本人も入ったADMIXTURE(民族対応番号は自分の書き込み)なども持ってこよう。(地図もあって都合がいい)

f:id:digx:20161231170841j:plain

Ancient human genome sequence of an extinct Palaeo-Eskimo : Article : Nature

ここにニヴフはいないがいくつか既出の「トナカイの民」がいて、コリャークがSaqqaqと関係するとされている。(ユカギールにもいるがほんの少し混ざってる程度)

ユカギール(Yukaghir)は北アジア諸語とされ名前の語源も不明(地図よりずっと東にもいて、ADMIXTUREを見ても三系統ぐらい混ざってる)。ヤクート(サハ)・ドルガン(Dolgan)はテュルク系で非常に近い関係。Hezhenはナナイの中国名ホジェンで、ケット(Kets)・セリクプ(Selkup)・ガナサン(Nganasan)・さらに登場しないけど周囲にいるネネツ(Nenet)・エネツ(Enet)は、軒並み「人」を意味する言葉が含まれています。

 

「これらの論文にアイヌがいたら、どんな状況が見えてくるか?」ってことですよ。

 

さて、大晦日も押し詰まってまいりました。

みなさん、良いお年を。

トナカイネタだからクリスマスに書けば良かった。サンタのソリがトナカイに引かれてるのは、ソリがどこで発明されたか(このへんとかアメリカには、雪のない地面(草地)の上を直接引っ張るソリもあった)とか、それがやがて車輪の発明に繋がるんじゃないか、というあたりまで面白いところ。

*1:細かい分類と大きな分類といったレベルの違う分類は共存できる

*2:日本語とオーストロネシア語の関係を知りたくて崎山理『日本語の形成』を読むと、当然他の言語の話も書いてあり、ちょうどそこにこのトナカイの話が出てきた。