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知識探偵クエビコ

人類史・古代史・神話の謎を探ったり、迷宮に迷い込んだり……

モンゴロイド学説は公式に否定されなければならない

Y染色体ハプログループにおいて、日本とモンゴルなど(アルタイやバイカル湖周辺なども含む)の間で共通性を持っていて、モンゴロイドと関係すると考えられるのが、C2系統だった。

Dも可能性はあったが、結局モンゴルから中央アジアの領域には、日本のD1b系統とは違う、大昔に分かれたチベットD1a系統しかいない。

ただしD1bは、C1a1ともども、現在の大陸に存在せず日本だけに孤立している上に、大陸のどこの遺跡からも全く出てこない状況で、移動経路に決定的な証拠がない状態は相変わらずだ。
しかし南方ルートは、ネパールにC1a2がいたり、ブータン*1アンダマン諸島・東南アジア・グアム島と、結構多い未分析*2のDがいることが南経路を示唆している。南方フィリピンにD2のいることもDの移動経路の推測材料になる。
またミトコンドリアのデータでも、アメリカ組のほとんど(ミトコンドリアハプログループABCD)が東アジアルートであろうことがわかってきており、男女を問わず、古い時代に南方ルートで移動した者たちの存在は確定的だ。
そして、遺跡から出てこないことも判断材料になる。
バイカル湖近くのマリタ遺跡から出てきたのは、東アジアとあまり関係のなく日本では見かけない、Y染色体ハプログループRとミトコンドリアのUだったのだ。*3
また海水位上昇の影響もあり、海岸コースで移動していたら痕跡は見つけにくくなる。
その上、寒くて乾燥した場所ほどDNAなど生物痕跡は残りやすく、暑く湿潤なアジア南部では分解されてしまい、残らないという事情もある。南方ルートの遺跡情報は根本的に乏しくなり欠落するのだ。(次の図参照)
つまり、北の大陸から発見されないことが、だんだん南方海岸ルート(東南アジアは陸地を横断していてもいい)の可能性を高めているわけだ。

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遺物の残りやすさはD>B>C>A。マンモス論文に付いていた図なので注目するサンプルの場所に偏りはあるだろうが、この残りやすさの条件は問題ない。閉鎖的な洞窟Caveならば遺物も残りやすい、とも読み取れる。

 

しかし残るC2も、これら分岐図など、わかってきたいろいろな研究成果から、モンゴルとかの方向から来た可能性のないことがわかってくる。

  • バイカル湖近くのマリタ遺跡出土人骨が、東アジア人の系統とは違っていた。(昔から有名だったこのマリタ遺跡こそが、モンゴロイド学説の重要な論拠とされていた
  • 今のところ、その他の西方の年代の古い遺跡からも、C2(および他の東アジア系ハプログループ)のいた証拠は出てこない。
  • 現在中央アジアにいるC2系統も、登場年代の新しいものばかり。モンゴルに多いため以前から調べられていたM86とかM407とかはそんなに古くない変異であり、これらを持つ集団が増えたのも古い出来事ではなかったわけだ。
    ※ただし、昔の人類学はそれほど極端に古いモンゴル方面からの移動年代を主張していたわけではない。たとえば細石器の日本への登場はおよそ14300年前と、C2bの共通祖先年代とほぼ同じ数字だ。(これは海水位急上昇の起こったことがほぼ確実なMWP1Aの年代でもあり、その影響は他の多くの集団にもドミノのように及ぶはずであることに注意が必要)
  • むしろ、この日本や中国など東アジアで古い系統につながるバリエーションが出てくる。C2b系統の持つボトルネックの年代14600も暗示的。

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そして今や、Y染色体ハプログループCの移住経路は、東アジアの海岸から内陸に向けて線の引かれる、完全に「モンゴロイド」の移動方向が逆転した、因果関係の逆転した予測になっている論理学の言う、相関関係と因果関係を思い出すところだ。
(この後に移住経路の図の一例があります)

つまり、もはやモンゴロイド」という表現はおかしいのだ。*4*5

この、「モンゴロイド」は誤解を招く、というか既に多大な勘違いを量産する原因となっている。

いまだに日本にたくさんいる、「モンゴロイド」と口走る人たちが、どんな人類移動を思い浮かべてるか考えてみてください。

だからこそモンゴロイド」は、公式的に否定されるべきなんです。

公式に否定しないと、いろいろな学問で学説として残り、日本の教育においては、テストに「モンゴロイド」が出る可能性があるからという理由で、延々と教え続けられるということになります。これを唱えた学者だって、後の世代の足を引っ張る負の遺産にはなりたくないでしょうに。

自分も結局、まず「モンゴロイド」をちゃんと否定をしないことには、話を先に進められなかったのだ。
最初は可能性ぐらいは押さえておくつもりだったが、やっぱりちゃんとデータを見ると、「モンゴロイド」に肩入れできなくなる。影響がちょっとだけあって混ざってるってぐらいじゃ「モンゴロイド」じゃないんだよ。

 

学者による現在のCなどの移住経路予測(一例)

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Zhong2010(C論文)の既出画像。今となっては古い論文だが、このとき当時のC3*(現在C2)に未分類集団が多く含まれると正しく分析していたため、その後の学問の進歩を乗り越えて生き残る研究となった。

ちなみにZhong先生他数名(Hong Shi,Xue-Bin Qiなど)のグループは、D論文も書いている。
西方集団(Q含む)の氷河期終了後の東アジアへの移動に関する論文(Extended Y Chromosome Investigation Suggests Postglacial Migrations of Modern Humans into East Asia via the Northern Route)も書いている。
実はこの西方起源の集団が、モンゴロイド学説の主張する北方ルートなのだ。しかし、この集団(Y染色体ハプログループによる)は現代中国でも少数派であり、日本だと1%未満のQしか見つからない*6
またこのグループは後にN論文も出した。論文の筆頭者は違ってても同じ人たちなんです。

 

議論の重要な要素だから、中国国内のY染色体ハプログループ比率分布グラフを見せましょう。出典はそのZhong西方集団論文のデータ+ミトコンドリアでも使ったチベット論文分類の仕方が違っていて、西方集団論文は細かい分類がない。チベット論文はサンプル数2354とメチャクチャ多く、0.1%レベルまでしっかり出てる。

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Hanが漢民族でxHanは漢民族以外を意味する。北と南の境目はだいたい長江(湖北・四川は南)で、データ上は甘粛省浙江省の間にある。
論文の言う西方集団は、E,C1b1a1(旧C5),G,H1a(旧H),I, J, L,Q,R,T。*7
少なすぎて識別できないし文字も書き込めなかったが、ウイグルのI・Tは0.5%、チベットT0.1%。チベットはわずかにJ0.6%も見え、見えないがEが0.1%いる。*8
Rの偏りははっきりしてる*9が、Qはそれほどでなく、C2やNは多少の地方差はあるが南にもしっかりいる。特にNは漢民族で南北差がない。少数民族(特に西南の)にも多く、中国でO・C(ほぼC2)に続き三番目に多い集団だ。
Dは全部D1aのチベット系で少数民族に多く、しかし漢民族にも散っており、中国第四の集団となっている。*10
なお「C1?」は、(昔故に)確定されていないC2以外のC*で、論理的にはC1(特にC1b)の可能性がかなり高い。この論文の旧C5(現C1b1a1)は新疆の二つと山西Hanで見つかっている。*11
西南の雲南や四川には珍しいF(F2)もいる。古代系統で以降の分岐の大元Fは、他にインドや東南アジア周辺でしか見つからないのだ。そういや中国って古代系統DECF全部揃ってるわ。なおインドも詳しく調べれば揃う。

 

Oなど、中国や東アジア、東南アジアの詳しい話はまたそのうち。

長くなってきたからこのへんで一段落付けよう。

 

も一つおまけに遺伝的距離。後にモンゴル帝国などが頑張ったが、それでも東アジアと中央アジアは遺伝的に遠い。
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Genetic landscape of Eurasia and "admixture" in Uyghurs. - PubMed - NCBI

 

*1:まだ触れてない分岐図論文Hallast2015のsupplementデータで、D1a・D1bの共通祖先の位置の書かれたDがいるとわかる。The Y-chromosome tree bursts into leaf: 13,000 high-confidence SNPs covering the majority of known clades. - PubMed - NCBI

*2:もともと研究が遅れていた地域で、低確率で散発的に存在する古代系統で調査に手間(お金)もかかる、という事情も重なり、あまり深く分析されていない。Dの場合強い関心を持ってる人間も限られている。

*3:しかし前回の記事にあるように、ミトコンドリアUのいないアメリカ先住民とは関係あるという面白い結果が既に出ていたわけだ。

*4:というか、なんでこんなに狭い地域限定的なネーミングをしちゃったのか、と思う。アジアンとか普通に大雑把に呼んでおけば、正確な起源地はどこでも良くて問題なかった(もともと証明されていたわけではない起源地問題を切り離しておけた)わけだから。

*5:海外の学者は、マリタ遺跡など古代のユーラシア北方にいた人々を、そのままAncient North Eurasians(略称ANE。古代北方ユーラシア人)と呼んでいます。そういや前回の論文記事には、これを踏まえたのか「東ユーラシア人」という表現があった。

*6:CとNが西方起源か、という問いも前段階にあったが、東方起源だったわけ。

*7:ただし、この後Q・R・旧C5はミャンマーなど東南アジアでもわずかに見つかっていて、西南は経路の違う可能性あり。QRの共通祖先Pも、旧C5以外のC1bも東南アジアにいるのだ。

*8:チベットはL・Mなどを調べていないためにその他扱いのKが0.4%あり、いる可能性のあるのはLか。なお、チベットにいるという「DE」(DとEの共通祖先)は、この論文では出ていない。

*9:ウイグルは想定内だが、中原の河南に多いことが面白い。

*10:なお、チベット論文はチベット高原への人々の拡がりかたを調べ東寄りが古いとしており、進入も東からが主のようだ。ただしこれはD・Oで調べていて、他ではない。

*11:なお、広西など西南地域は他が出ても驚かない。孤立状態の日本のC1a1とネパールのC1a2との間で、C1bもさらにC2も周囲におり、東南アジアは変わった系統が見つかっても不思議ではない。