知識探偵クエビコ

人類史・古代史・神話の謎を探ったり、迷宮に迷い込んだり……

ネコは自ら家畜化した?

ニュースだからこちらを先に反応しておこう。

ネコのDNA研究です。「埋葬やミイラ化された古代のネコ230匹のDNAを分析した」そうで。

早速引用。(色つけは私)

 原産地を出て世界に拡散した最初の野生ネコで、今日の飼いネコの祖先となったのは、リビアヤマネコ(学名:Felis silvestris lybica)であることが今回、研究で明らかになった。小型で縞模様のある中東産の亜種は全世界に生息地を拡大させるまでに上り詰めた。

 リビアヤマネコは約6000年前、現代のトルコ周辺のアナトリア(Anatolia)地域から船で欧州に渡った可能性が高い。「リビアヤマネコの世界征服は新石器時代に始まった」と、論文の執筆者らは記している。

 石器時代の最終章に当たる新石器時代には、それまで狩猟採集民として各地を放浪していた先史時代の人類が作物の栽培と恒久的な村の構築に初めて着手した時期だ。そして、農耕の始まりとともに収穫物を食い荒らすネズミが現れ、これにネコが引きつけられた。

リビアヤマネコ
問題のリビアヤマネコ(Felis silvestris lybica/African wildcat)。

 

この記事書いてたら、翌21日、ナショナルジオグラフィックが同じ論文の違う部分に注目して、刺激的な視点で切り込んで来たぞ。

 イエネコ(家畜化したネコ)の拡散に関する研究の一環として行われたDNA分析から、ネコは人間が家畜化したのではなく、自ら人と暮らす道を選んでいたことが明らかになった。その間、彼らの遺伝子は、野生のヤマネコの遺伝子からほとんど変わることがなく、ささやかな変化のひとつは、かなり最近になってから「ぶち柄」の毛皮が登場したことくらいだった。

(中略)

 こうした成り行きは、家畜化された最初の動物であるイヌとは対照的だとガイグル氏は言う。イヌは何らかの仕事をさせるために選択され(中略)、特定の習性を持つものが選ばれていった結果、現在のように多様な種に分かれることになった。

「ネコがそうしたふるいにかけられることはありませんでした。なぜならネコに関しては、変える必要がなかったからです」とガイグル氏は言う。「ネコはありのままで完璧だったのです

ナショナルジオグラフィックさん、主題じゃなくて研究の一環の部分に注目してらっしゃるわ……確かにこっちのほうが刺激的だけど。

 

問題の論文と、分析画像(黄色がリビアヤマネコ。下半分が古代のネコ230匹のミトコンドリア分析結果)

The palaeogenetics of cat dispersal in the ancient world | Nature Ecology & Evolution

論文の図

論文の主題「ネコの拡散」を説明しておきたいから、AFP側から行く。でもこれで、ナショナルジオグラフィックに注目されたポイントがどこに出てくるかがわかる。

 

いきなりだが、AFPはニュースタイトルで誤解してしまった。

「ネコ家畜化、新石器時代に拡大か」って、ネコの家畜化が始まった時期を書いてるように受け取れるでしょ?

でも、落ち着いて読んでみると違う。また同じ文章だ。

 リビアヤマネコは約6000年前、現代のトルコ周辺のアナトリア(Anatolia)地域から船で欧州に渡った可能性が高い。「リビアヤマネコの世界征服は新石器時代に始まった」と、論文の執筆者らは記している。

 石器時代の最終章に当たる新石器時代には、それまで狩猟採集民として各地を放浪していた先史時代の人類が作物の栽培と恒久的な村の構築に初めて着手した時期だ。そして、農耕の始まりとともに収穫物を食い荒らすネズミが現れ、これにネコが引きつけられた。

リビアヤマネコの世界征服は新石器時代に始まった」とか「拡大」は、家畜化の始まりの話じゃない。ただ、その時期にネコが世界に拡がったという話なのだ。しかも引用範囲に家畜化という言葉そのものがない村の収穫物を狙うネズミにネコが引きつけられたと、ネコ主体の話が書いてあるわけだ。(AFP側でも!)

ただし論文を読むと、この拡がったタイミング(約6000年前)じゃなく、同じ新石器時代ももっと前の農耕の始まりあたり(約1万年前)の、既にあるネコ家畜化時期の説――キプロスで9500年前(紀元前7500年)に埋葬されてるのがネコの家畜化の最古の証拠*1――を追認している。

 

考えてみたら、DNA研究と言っても、単純に家畜化がどの時点だったかがわかるわけじゃない。

まず、実際には何を調べたのか論文を確認すると、基本的には過去のネコのミトコンドリアだった。ただし、「ネコの毛並み」で「ぶち模様の色合いが初めて遺伝子に記録されるのは西暦500~1300年の中世だった」という部分が他の遺伝情報によるものだ(このとき、他の遺伝要素の違いを発見した話がない)。またもちろん、他のネコの家畜化論文(The Near Eastern Origin of Cat Domestication | Science)などを引用していたり現代のネコに関する情報はある。(飼い猫でも野生ネコでも、既に調べられてるデータはなんでも利用可能ですので)

ここでミトコンドリアからわかるのは――後に家畜化されることになるネコの系統が、いつ頃から広まり始めたか――だ。つまり本来これはただ、「現代のネコの系統が、新石器時代に拡がり始めていた」という論文でありニュースなのだ。

なお、遺伝学の一般的な話として、過去の時点でミトコンドリアだけでなく遺伝子全体を調べられるならば、何か体の特徴が野生の時点と変わってる場合、その変化が遺伝的にいつ起こったかを突きとめられるだろう。

ただしこの場合でも、それが直接家畜化開始時期と結びついているとは限らない。その変化はもっと後のヒトが積極的に交配させ始めてからの場合もあるし、家畜化前でも環境(人類の作り出した世界)に適応して自ら変化してるかも知れないからだ。

また、何を持って家畜化されたとするかの定義も難しい。本当に飼っていたと言えるのか、家畜化の定義をややこしくするのがこのネコ(あまりにも自由放任で、家畜化というより共生じゃないのか?)でもある。家畜化開始時期を突きとめるのは単純ではないのだ。*2

 

ところが、ここからナショナルジオグラフィックが注目した問題となる。

AFP側でも「今日に至るまで、飼いネコは体の構造や機能、動きなどに関して野生の近縁種と酷似している」とあり、論文にもほぼ同じ内容(ただし論文は同時に一番の違いを行動(behaviour)だともする)が書いてある。そもそも飼いネコの形態は野生状態からあんまり変化してないのだ。それでネコは遺伝的に違いを調べようとしても、調べられる要素が少ない、ということにもなるようで。

ここにナショナルジオグラフィックは注目して、どうやら論文筆者に直接質問したようだ。それで返ってきた答えが――「野生のネコとイエネコの遺伝的な構成に大きな違いは見られない」そして「ネコはありのままで完璧だった」――ということのようだ。

 

他の興味深い所・面白そうな所も引用したりまとめておこう。リビアヤマネコは主に二系統(IV-A・IV-C)あると言う。(直接質問した内容が入ってるらしく、一部に論文になかったり違う答えがある)

  • (AFP)(IV-A)論文の共同執筆者で、フランス国立科学研究センター(CNRS)のエバ・マリア・ガイグル(Eva-Maria Geigl)氏はAFPの取材に、リビアヤマネコは紀元前4400年頃に「最初の農耕民(中近東)が欧州に移住し始めた時期に広まり始めた」と語った。「これは(恐らく古代の交易路をたどると思われる)海路か陸路で、リビアヤマネコが人によって移動していったことを示していると考えられる」

  • (natgeo)(IV-A)「より古い方の祖先は、紀元前4400年頃に西南アジアからヨーロッパへと拡散した。ネコは紀元前8000年頃からティグリス川とユーフラテス川が流れる中東の「肥沃な三日月地帯」の農村周辺をうろつくようになり、そこでネズミを退治したい人間たちと、互いに利益のある共生関係を築いていった。」
  • (AFP)(IV-C)数千年後、今度は古代エジプトのファラオ王朝時代に、リビアヤマネコのエジプト変種が第2の波で欧州とその先へ拡大して「熱狂的流行」を巻き起こした。エジプト種のネコの熱狂的流行は、古代のギリシャとローマの世界全体からさらにそのずっと先へと、非常に速いペースで拡大した。
  • (natgeo)(IV-C)「イエネコにつながるふたつ目の系統は、エジプトで優勢だったアフリカのネコで、彼らは紀元前1500年頃から、地中海や旧世界のほぼ全域へと生息範囲を拡大していった。このエジプトのネコは、人間にとって魅力的な、社交性や従順さといった習性を持っていたものと思われる。」
  • (AFP)外見目的の交配が少なくとも最初の数千年間は行われていなかった
  • (natgeo)英語で「タビーキャット(tabby cat、縞模様や、縞が途切れたぶち柄の毛皮を持つネコの総称)」と呼ばれるネコのうち、ぶち柄が登場したのはごく最近だった。その遺伝子の起源はオスマン帝国時代初期の14世紀に遡り、のちにヨーロッパやアフリカで広まっていった
  • (AFP)まだらのぶち模様は今日の飼いネコに多くみられるが、野生ネコには存在せずすべて縞模様。
  • (AFP)ガイグル氏は「ネコの『装飾的な品種』を作るための繁殖計画が始まったのはごく最近の19世紀のことだ」と指摘。そして、それらでさえも「野生ネコとそれほど違っていない」ことを説明した。 

 

ワシントンポストもちょっと読んだ。

始まりが"Thousands of years before Hello Kitty and Grumpy Cat, "ですぜ。ハローキティだ。

 

*1:これはヒトと一緒に埋葬されてた。飼っていない野生ネコを一緒に埋葬する可能性は否定できると見なされてるわけだ。

*2:このへんの話はイヌの家畜化の話をしたときにもした。