知識探偵クエビコ

人類史・古代史・神話の謎を探ったり、迷宮に迷い込んだり……

考古学的な遺伝証拠はどのぐらい古くまで残ってるものか?

まだ古人類学シリーズで、遺伝子証拠の可能性だとか残りやすさの話をします。

実際の考古学的遺物としての遺伝子は、どのぐらいまで古く残ってるものなのか?

これも気になってた。

現在のヒトDNA最古の解読記録が、43万年前(スペイン・カルスト地形(石灰岩)地帯のアタプエルカSima de los Huesosだということは前回わかった。

Sima de los Huesos地層
limestone=石灰岩、speleothem=洞窟生成物、Matuyama=松山逆磁極期

論文

Nuclear DNA sequences from the Middle Pleistocene Sima de los Huesos hominins(2016)

 

しかし、ヒト以外の現在の記録も知りたい。

そして本当のところは、理論的に、また条件次第でどのぐらいまでいけそうなのか、可能性のほうが重要だろう。

 

とりあえず、wikipediaにはAncient DNAの項目があっていろいろ書かれてる。

途中までは復元技術や手法の問題だから読み飛ばして問題ない。必要な情報はずっと後ろのほうにあるが、ただ完全な情報ではない*1

ただし、サンプルの汚染(コンタミネーションcontamination)問題は重要。発掘時に触った人物だとか土壌自体の影響とか、混入物の情報が出てしまうため、それを避けて正しい解析結果を出すため苦労してるわけだ。事件の証拠の取り扱いみたいな感じで、サンプルを極力汚さないよう、触らないことが求められたり。特に対象がヒトの場合には疑いようのない取り扱いが求められる。

というわけで、まずは記録をまとめておこう。

Complete mitochondrial genome sequence of a Middle Pleistocene cave bear reconstructed from ultrashort DNA fragmentsも参考にした。*2

  • 北極圏永久凍土アイスコアから80万年前の植物DNA破片。(以後破片だと断らない)
  • 同じ場所から70万年前のウマDNA。
  • 石灰岩の洞窟(Sima de los Huesos)から43万年前のヒトDNA。
  • そこまで古くないがエジプトなどのミイラも解析されてる。(いろいろな条件の物がミイラ(mummyコトバンク「ミイラ」)などと呼ばれるため後で解説)
  • 他に、コハクに封じ込められた数千万年前の虫のDNAの解析に成功したという主張はあるが認められてない。コハク自体にどんな化学的条件があるのか、次の記事によるとそれほど期待できないようだが。(恐竜ネタも後で解説)

    Extracting Dinosaur DNA from Amber Fossils Impossible, Scientists Say | Paleontology | Sci-News.com

    DNAは自然分解するため、そもそも数千万年前だとかのあまりに古い物は、単純に認められてない。ただ、本当に特殊な理想的保護条件は何か無いのかとは思う。

  

ここで、DNAが自然分解するというのは重要なポイント。

では、それはどのぐらいのスピードか?

ニュージーランドモアの骨の化石*3(600-8000年前の158本、温度は13.1℃)を調べた結果(この条件で)、521年で半減。

論文と画像(下半分が問題のグラフ。上半分は一結合あたり)

The half-life of DNA | Proceedings of the Royal Society of London B: Biological Sciences

グラフ

このとき、保存の状態によって破壊のスピードが変わることに注意して欲しい。

この521という数字は絶対でなく、あくまでもニュージーランドのモアの化石の物であり、条件によって悪い方向にも良い方向にも変わるものだ。

この記事では、(この普通の土壌条件では)たとえ-5℃の環境でも680万年も立てばすべてのヌクレオチド結合が破壊されるともされている。しかし同時に、永久凍土や洞窟(おそらく特に石灰岩でどうなるかも確認してみたいとしている。

古い化石は、非常に良い特殊条件(それが永久凍土や石灰岩の洞窟など)の揃ってる場所だからこそ残ってる物でもある。条件の悪い場所では化石自体も早めに分解されてしまうわけだから、良い状態で残ってるという時点で、ある程度は良い条件を期待していいものだろう。

 

コハクの恐竜ネタをやっておこう。

コハクに入ってる蚊が血液を吸ってても、それを分析できるんじゃないか? そのほうが長く残ってるんじゃないか? (ジュラシックパーク恐竜再生ネタ*4ですよ)

しかし、蚊は血液を酸性の胃液で消化するから(上のグラフにpH=5のやや酸性の例あり)、全く保存に向かないようだ。(そういや、DNAって塩基配列だったわ)

ちなみにこのニュース&論文自体も興味深いものです。

 研究チームは、蚊取り線香などで知られる大日本除虫菊中央研究所などとの共同研究で、卵から飼育されたアカイエカヒトスジシマカを使って実験した。

 2種類の蚊に、ヒトの血を吸わせ、吸血直後から数時間おきに72時間後まで蚊の体内に残った2~4マイクロリットルほどの血液からDNA鑑定。血液の消化状況から、被験者の40~50代男性7人の結果を分析した。

 鑑定では、犯罪捜査でも使われているキットを使い、個人の特定につながるDNA上の15カ所の特徴的な繰り返しの塩基配列を調べた。その結果、12時間後までは15カ所すべての判定が可能だった。徐々に体内で消化されDNAが壊れていくが、48時間後までは個人の特定が可能だったという。72時間後には、消化が進みDNAが検出されなかった。

 大日本除虫菊KINCHO)によると、蚊が1回に吸うことができる血の量は、自分の体重と同じくらいの2mg程度。しかし、通常は人間が動いたり、叩いたりするので、1度で満腹にはなれず、何回も吸っては逃げを繰り返し、満腹になると産卵に向かうという。
 名古屋大大学院の石井晃教授らのグループは、キンチョーの中央研究所が飼育箱で育てた感染歴のないアカイエカヒトスジシマカを使って、7人の被験者の血を吸わせる実験を行った。どれくらいの時間で消化されるのか観察を続けたところ、2種類とも72時間過ぎるとほぼ消化される代わりに、卵巣が成熟することが判明した。
 さらに、犯罪捜査で使われている市販の判定キットを使って、吸血後、一定時間が経過した蚊からDNAが抽出できるかどうかを調べた結果、どちらの蚊でも48時間までなら可能なことが判明した。

論文

A human genotyping trial to estimate the post-feeding time from mosquito blood meals

 

ただし、歯など(全身は無理でも)ヒトの一部分がコハクに包まれて保護されて残ってる可能性もあるはず。

骨のない虫の場合は、体液とか体の部位もDNAの保存を妨げる要素だろうから、骨がコハクに包まれている場合を調べなければ、本当のコハクの保護効果を測定したことにならないはずだ。

https://en.wikipedia.org/wiki/Amber#Paleontological_significance

 

次はミイラ。

その他、遺物が残るような特殊な化学的環境は、いろいろと可能性がある。

地域は限定されるが、アイスマンみたいに氷漬けで残る可能性もある。

ミイラ(定義上アイスマンもミイラ(mummy)のうち)は特殊な条件だが、これも自然にミイラ化する場合がある。

Mummy - Wikipedia (英語版一覧は良い。馬王堆漢墓の辛追も特殊な例)

湿地遺体 - Wikipedia (湿った環境のミイラ。ただし泥炭地は酸性だそうだ)

エジプト考古学だとかはミイラがあるおかげで遺伝を調べられるわけだ。

そしてこのエジプトのミイラ作りでアルカリ性炭酸ナトリウムナトロンを使っていたが、これも天然に存在していたナトロン産地はアフリカなどに存在)からこそ利用できたのだ。

奇跡の天然ミイラの発見はあり得るか? ミイラ作りの技術的根拠がどこにあったか考えると、偶然のナトロン漬けの死体の発見はあったんじゃないかと思われる。

なお、その名もナトロン湖タンザニアアフリカ大地溝帯にあって、実際にパラントロプスが見つかってます。そしてチャドも産地リストにあって、ここもサヘラントロプスなどが出た場所だ。

(ここで、化石が残る条件の揃った良い場所ばかりで出てくるというのも、考古学の宿命的なバイアス要素。分布を調べても、残る条件の良い場所ばかりだということになる)

 

ちなみに、アフリカの溶岩は日本の溶岩と性質が違うため化石が残るそうだ。(これも気になってた)

日本は、プレートの沈み込み帯であり、骨を破壊する酸性岩*5の火山土壌が多い。

アフリカ大地溝帯(およびアイスランドなど)は、プレートが生成される陸上の海嶺プレートテクトニクス)であり、その溶岩はさらさら流れる塩基性岩玄武岩質マグマだ。

 

もちろん、どちらも例外はある。実は富士山や伊豆大島などは玄武岩質マグマを吐き出す。

火山学者に聞いてみよう Question #3943

防災基礎講座 災害予測編 火山噴火 マグマと火山噴火様式 

それと、日本でも石灰岩地帯は多く、沖縄の人骨もその影響で残っている。日本でも保存状態の良い人骨の出てくる可能性はゼロではないのだ。

 

*1:冒頭論文のヒトDNAのことがまだ書いてない(2017/6/25確認)とか、同じ参考論文の別の記録が書いてないとか。

*2:この論文のMiddle Pleistocene caveとはSima de los Huesosで、冒頭論文とだいたい同じチームが2013年に書いてる。ヒト以前にまずクマ(これも30万年以上前)にチャレンジしてたのだ。

*3:石化していなくても生物の遺物は化石(fossil)。定義の上で一部がミイラと重なることに注意。

*4:問題点が書いてあり、冒頭論文の引用があるが、蚊の真の問題は年代以外のところにもある。

*5:ただしこの酸性は、水素イオン濃度(pH)の低さを示す化学的な意味の酸性とは定義も基準も違う。岩の酸性・塩基性は二酸化ケイ素の含有量で決まる。とはいえ、酸性のほうが骨を破壊されるという点では同じようだ。