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知識探偵クエビコ

人類史・古代史・神話の謎を探ったり、迷宮に迷い込んだり……

ユーラシア東部およびアメリカ先住民の移住シナリオ

人類 日本人 遺伝学 マンモス 言語学

忘れないうちに、この東アジアを舞台とした移住の題材を片付けないと。

 

この前の時は染色体全比較の地図(ADMIXTURE)出したけど、こんなサイトもある。

http://admixturemap.paintmychromosomes.com/

元の論文は A genetic atlas of human admixture history

ここで日本人の形成はuncertain(あんまり確かじゃない)になってる。

残念?

いや、日本人の形成がわからないということは、とりあえず、渡来人の単純な侵略だとか、わかりやすくデータに表れるような区切りのはっきりした大量渡来はなかったことを意味している

実は、日本語(現在は別言語扱いの琉球語とかとセットで日本語族とされる)が、起源のよくわからない孤立した言語であるということからも、日本人の形成が単純でないことは予測されていた。
さらに日本周辺を言語的に見ると、アイヌ語韓国語朝鮮語族)・ニヴフ(ギリヤーク)語あたりまでも、すべてそれぞれに関係性不明孤立した言語とされる、日本の周囲まで巻き込んでナゾの状況だったりするのだ。
つまり、これら日本近辺の言語はそれぞれどれも、周辺のシナチベット語族ツングース語族などとも比較して、わかりやすく他の言語との関係性が見いだせるような単純な関係が想定できない、という不思議な状況を示しているわけだ。

ここには、法則性が薄く時代性だけで表現された、「古アジア諸語(古シベリア諸語)」などの表現もある。

そしてこれは、モンゴロイド」が否定され、想定される人の移動ベクトルが正反対に逆転したことで意味合いの大きく変わったアルタイ諸語などの問題にも繋がっている。つまり、本当に「アルタイ語族」のようなものがあるとすれば、日本語や朝鮮語などのほうがシベリア方面よりも上流のより古い分岐にいたことになるわけで、それだけ長い時代を経て痕跡も薄く繋がりがわからなくなってたんだ(日本の周辺は、分岐が古すぎて関係性の理解しにくい言語だらけなんだ)、ということになる。

このあたりは言語学の、日本語の起源 - Wikipediaの問題だから、基本的なところは一度調べてみてください。*1

つまり、単純な、弥生時代一度の渡来(征服)ではなさそう、ということだ。

どうも古代人は、もっと昔から海を越えていて、わりと頻繁に小規模のゆるやかな交流があった、ということのようだ。

なお、もっと新しい、歴史に記録される移住(百済滅亡後の移民など)もあり、それに該当すると考えられるデータが出ている場合がある。

外部から日本列島に人が入ってくる場合、海があるため、一度に入ってくる人間の量が少なく制限されていたことは大きな意味を持っているだろう。

大陸で新技術が登場したときも、学んで取り入れる時間的余裕があり、それで文化や習慣が変わるわけだ。

ちなみにこれ、以前の武器による傷のある人骨の話とも関係してる。

石の鏃が弥生時代になってからも縄文時代と変わらず使われ続けていたことは、使ってる人間が縄文の頃から入れ替わらず存在し続けていたことを意味している。

 

では続き。実は昔、書いて長くなりすぎたから適当なところで記事を切っていた。

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これはYan2014の既出画像。今回の問題はこの図のQとC3(C3-Nが現C2b、C3-Sが現C2c1に該当)だ。

この図に限らないが、この時期の海水位低下まで踏まえて図を描いてれば、もうちょっと違った解釈も見えてくる。まあ、海水位上昇との直接的な関係性の見える共通祖先年代値が計算されたのは最近で、この図のC3は、もっと古い年代に北へ移動したことになっている。*2

ここで、まだ寒くなっている20000年前前後の最終氷期最寒冷期(LGM,Last Glacial Maximum)以前に、より寒い北方向へ移動することは、通常では*3あまり考えられない。
同じ狩猟採集対象、すなわち同じ気候環境を追うことを考えると、より寒い北への連続的移動は考えにくいのだ。
またLGMでは、氷河など不毛の極寒冷地(雪の降らない場所では地面そのものが冷えその水分を凍らせる)が最大に拡がって、人と動物の行き来と生活を邪魔している。

なお、この隔離状態は同時に野生動物に、(発見されるまでは)狩猟されない安全な避難地を提供してもいる。

LGMの植生地図NOAA Paleoclimatology Program - Ray 2001 Paleovegetation Mappingより。画像は加工した。*4
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東(東南)アジアとユーラシア北方は、厳しい環境の地域が中央にあって分断状態だったのだ。*5

この氷河期に、南アジアから東アジアは、世界的に寒冷化する中でも自然環境の良い、いわば氷河期の植物のパラダイス状態だったのだ。*6
しかし北方でも、広いツンドラ地帯に適応したマンモスのような巨大動物たちと、それを獲物として追う狩猟民族(いわゆるマンモスハンター。ただし、マンモスだけを捕まえていたわけではない)の古代北方ユーラシア人(Ancient North Eurasian,ANE*7)がいた。

しかし彼らは遺伝的には、植生区分上でも地続きだったヨーロッパ集団*8にやはり近く、後のアメリカ先住民*9との繋がりもあったが、東アジアとの関係性はほぼない、ということになる。

別のマンモス論文。白からオレンジはマンモスだが赤は人のいた証拠のある場所coniferousは針葉樹。Treelineは樹木限界(樹木の存在する限界の場所)。数字はマンモスの個体数。
見慣れない地図だが、中央ちょっと下が北極で、一番右上端にひっくり返った日本がある。
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"35 to 30ka"(35000~30000年前)のところに赤(12)の極北北極圏ヤナ川の遺跡があり、"20 to 15ka"の後にその近所のベレレフ(Berelekh)遺跡が現れることに注意。

ただし、未発見の遺跡はまだあるだろう。問題となるのがまさに最大海水位低下の時期だけに、海に遺跡が呑まれている可能性も考える必要がある。

最近も新発見のニュースがあった。これはエニセイ湾だからずっと西。

実はこれ、人は人でも何者が付けた傷かはわからない。実は、ネアンデルタールなど化石人類のいた可能性のある場所では、どの人類の遺物(遺跡)か決め手がない場合も多いんです。

次はこの年代区分を半分にしたもの。方角がわかりにくかったので(読む文字も少ないし)こちらは90度回転させた。年代による赤(人)の移動に注意
この図によれば、マンモスはずっと北の果てでなんとか生き延びていたようだ。
人は一時的に極北に進出したが、LGMの寒さは避けた*10ようで、人の居住地の北東アメリカ方向への移動は、おそらくLGM以降だ。

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参考。古いが、日本語で書かれたマンモスの話。木村 英明:シベリア旧・中石器文化の遺跡の年代からマンモス絶滅の理由を読み解く

ここで、北から日本へのサハリン経由北海道ルートも重要な場所にずっと見えていることに注意。これは、この年代の日本への進入者は何者だったのか、という問題と結びついているのだ。

 

またQ(を含む古代北方ユーラシア人)は、LGM以前の少しは暖かいうちに東北アジアまで到達してたのか、それとも後なのか、その到達のタイミングと規模と影響範囲は問題となる。
これは、アメリカ先住民の移住問題と同時に、(Qがほとんど見あたらない)サハリン北海道ルート問題ととも関係しているのだ。

なお、アメリカ先住民のQも、多数派のQ1a2以下の(M3などの)系統と別に、グリーンランドの遺跡で見つかったQ1a1系統がいる。この両者はどちらもユーラシアでも遺跡から見つかるため、分岐はユーラシアと考えられ、すると両者の移動した時期も違うのではないか、ということになる。
ちなみに、アメリカ先住民は大きな語族ごとに到着タイミングが違うのではないか、という話もあるんです。また、氷河期終了後でもベーリング海峡を(相互に)渡ることはそれほど難しくなく、エスキモーイヌイットユピク)などは両大陸にまたがって存在している。アリューシャン列島のアレウト族エスキモー・アレウト語族)もいる。

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なお、この図の情報は少し古い。中国のQもこの図よりは多く、南部でも2%ぐらいはいると既に判明してる(以前の記事)。既に図にベトナムはあるが、タイのアカ族が50%以上の比率を持っていたり、それ以外の東南アジアからも次々と発見されている。インド洋のコモロ諸島からも見つかる(マダガスカル移民との関係か、あるいはインド洋交易と関係あるのか)とか、Qの分布は予想を超えているのだ。昔の調査地も分析内容も穴の多い数十人程度のサンプリング調査じゃ、僻地とか低比率の集団をまともに調査できてなかったわけで、そもそもQを全く調べてない調査も数多く存在する*11。するとアイヌでも、また極東アジア地域でも、ちゃんと調べると出てくるのかも知れないわけだ。

 

というわけで資料として、東ユーラシア(+ロシア)Y染色体ハプログループのデータを、あんまりいい調査がない中*12、いろいろ引っ掻き集めておいた。

論文たくさん。で、古くて大雑把な解析もあったり内容がややこしいため、データの詳しい説明は最後に付ける。なお、最後のアルファベットは論文著者名の略字で、ついてない場合後でtotalしてる。同じ民族でも調査によって違うハプログループが出ている場合がある(しかも調べている変異の違う場合もあって、"その他"もあったりややこしい)ので注意してほしい。

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一部にロシア人(R1a1・N・I・R1b-M269の順で多い)など西からの新しい移住者の影響があるようだ。また満州族清王朝アムール川流域まで支配していたため、その影響もある模様。シベ族満州系だがこれは西の新疆のデータ)

ここでR1b-M269は、非常に古くから多彩に分岐していたヨーロッパなど世界の多数派*13であるだけでなく、少なくとも一部はコロンブス以前に遡るはずのアメリカ先住民のRまでもほぼこのM269なのだ。するとシベリアのR1bも、ロシア人だけの影響とは言い切れず、このアメリカ先住民の先祖と関わる可能性があり、この問題でもM269は徹底的な分析が必要となる。(ちなみに、図中アルタイKumandinのM73はM269の隣の珍しい分岐。このアルタイからウラルの地域(ロシア人にもM73がわずかにいる)は、M269とM73の前段階の共通先祖が近くにいた可能性のある地域でもある。なお、このアルタイがアジアの一番東でアメリカ組のミトコンドリアXのいた地域でもある)

この図のQは、一つ前の世界地図以上に極東アジアにいないように見える。しかしここには、低比率のQをちゃんと調べて確認している調査自体が少ないという、調査の仕方による問題もある。(なお、片っ端からデータを集めたが、一部に極めてサンプル数の少ない調査も含んでいる。サンプルの少ない調査は、正確な数値が出にくく、データの解像度も低すぎて低比率の集団は出てきにくい)

また、調査によっても出てくる物が違っているのが見て取れる。Qは条件的に、低比率でしかもシベリアでの登場の古いハプログループであり、僻地に偏って残っていると考えられ、すると調査対象の選択によっても結果が偏りやすいわけだ。しかもこの場合、まだ調査されていない集団から固まって出る可能性もあることになる。

なお、ニヴフ(サハリンにいる)の"Q or R"の部分は、QとR1bに可能性があると考えられ、どちらが多めに出ても重要であり、ちゃんと調べて欲しいところ。(これもQを調べていない調査で、それどころかR1a1にあたる変異だけ調べて基本的なRを調べず、QR共通先祖のPを調べている。ちなみにこれは日本人の論文Tajima2004のデータで、ニヴフTのTはこのTajimaのT。なお、次などにある末尾HのHammerの満州データは、RやQのレベルだけ調べそれ以下は詳しく調べていない。知りたい肝心なところに届かない調査ばっかりだ)

参考に同地域のミトコンドリアも再び。この説明は以前の記事を読んで
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次の図はアメリカ移住論文から。この図ではLGM前後の時点で人はベーリングにたどり着いた(遺伝的にシベリア人と分かれた)としている。そしてこの左下にもサハリンが見え、そこへ人の移動の矢印が引かれている。Yana Rhinoceros Hornは前述のヤナ川遺跡。この図のような、ヤナ川遺跡とアメリカ集団との連続性は見つかってないわけですが。(現在この遺跡近辺にいるのはユカギール・エヴェンなど)
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アメリカ先住民と東アジアとの関係性を踏まえると、この混合と発散は、実際にはどのあたりで起こったと考えられるのか?
みなさんも考えてみてください。

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この地図は海の深さ100mの線なども引いてある。氷河期にはオホーツク海でも海水位低下の影響があるが、オホーツク回廊あたりの傾斜は急で陸はそんなに拡がらない。このオホーツク回廊の北の高地は、現在世界で一番寒いと言われるオイミヤコン村とかのある環境の厳しい地域。

ヤクーツク(ヤクート人などがいる)東のベルホヤンスク山脈(最初のほうの氷河期植生地図でもこの山脈が氷河になってる)からオホーツク海のところが重要な地理障壁で(大河は冬に凍るから渡れ、道として使いやすい)、その東はむしろベーリンジアやアラスカに近いのがわかる。

このとき、乾燥してる場所は雪が降らないせいで氷河も発達せず、気候が厳しく居住は難しくてもそれほど移動を妨害しないことに注意。そして逆に、そこまで極低温じゃなくても、海の近くは湿った海風で雪が降りやすくなる。氷河は、夏に雪が融けずに残る寒さは必要だが、それ以上の極端な寒さは必要なく、湿度が増えると雪が増えてその影響で増えるわけ。(雪の多さの実際の例が日本。夏に気温が上がるから雪が融け残らない。現在の地球温暖化で南極の氷河が増えたりしているのも、この雪の量が理由だろう)

そしてこのヤクーツク地域は、間に山はあるがアムール地域とも近いため、それなりの交流も期待できる場所だ。

東アジアのミトコンドリアABCDはここから山を越えて北に進出したのか? しかしCDはいいとしてABは現在あんまりおらず、それぞれ事情が違うのか。Y染色体Nの北方進出と繁栄が氷河期終了後にあったため、そのときペアとして繁栄したミトコンドリア(むしろそれがCD中心か)もありそうだ。

 

で、このアムール地域までQが来てたかは重要なところ。問題のニヴフ以外のデータは、Qがここまでは来なかったことをほのめかす。

しかしアメリカに到達するためには、オホーツク海周辺までは来ていたのではないか?

アメリカ先住民は東アジアからのミトコンドリアABCDばかりだから、やはり地理障壁のあるシベリア中央部からの影響はあまりなかったと考えられるわけだ。

そこからミトコンドリアX及びY染色体QがLGM前に進出してきていたとしたら、一番寒い時期に環境の厳しさでその分布が断ち切られ、ちょうど現在のような飛んだ分布になることも起こりそうだ。

ミトコンドリアXがアメリカで増えた年代は、ABCDとあまり変わらず結構古いようだ。だから、同じようにベーリング海峡を越えたと考えられ、大西洋を越えた可能性は薄いようです。(ただしまだY染色体R1bは大西洋越えをした可能性を残している)

しかし、ミトコンドリアU(マリタ遺跡から出てる)とかは移動しなかったのか、数がわずかでいなくなってしまったのか?

そしてY染色体Qは、やっぱりLGM以前に西から進出してるのか?

アメリカ先住民のY染色体R(ほぼR1b-M269)は、後の移住者と区別が付かず、事情がややこしい。しかし少なくとも、拡がり具合も全く違うQ・R・C2は、同じ時期の移動ではなさそうだ。

アメリカのデータも簡単に出しておこう。出典はMalhi2008Zegura2004
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実際の論文データではC・Q・Rの基礎レベルでしか分類されておらず、本文中でP39とか具体的な内容に触れている。また、その他空白部分が多いのは、アメリカ先住民との関係性が薄い新しい移住者として、最初から除外されているからだ。(なお、ワユ族のP39でないC2を報告しているのはZegraの論文)
アメリカ先住民のRは、別の複数の調査によると、ほぼR1b-M269だ。ただし古いR1aなどの先住民がいる可能性は否定されていない。
なお、CQR以外に、極端に古いわけではないがそれでもコロンブス以前にアメリカに到達した、バイキング(ノース人)が祖先と考えられるIなども、後の移住者と区別が難しいが、いるかもしれない。(アメリカはまた後でやる)

 

そして逆に、アジアにいる系統がアメリカにいない理由は何だ?

というか、ミトコンドリアABCDと一緒に移動した東アジアからのY染色体は、とりあえずC2だけしかあり得ないように見えるが、他にはこの地域にいなかったのか?

Nは移動時期がもっと遅かったんだろうが、日本のDは遺跡からも含めて全く出てこないのか?

この時期どこまで行ってた?

(なお、ミトコンドリアのMは北アメリカ西岸の遺跡から出てる

 

順調に長くなって、ついに10000文字越えた。

切りが付いた感じなので今回はこのへんで。

ずっと下書き状態で、いい加減オープンにしたいんで、間違ってたら後で直す。

 

最後に、めんどくさいシベリア関連論文のまとめ。表の上の登場順に並べました。

  • 末尾F (Fedorova 2013) Autosomal and uniparental portraits of the native populations of Sakha (Yakutia): implications for the peopling of Northeast Eurasia.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23782551
    Oはそれ以上分別されてないが他は良い。
  • 末尾Dg (Duggan 2013) Investigating the Prehistory of Tungusic Peoples of Siberia and the Amur-Ussuri Region with Complete mtDNA Genome Sequences and Y-chromosomal Markers.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24349531
    Oはそれ以上分別されず、またFまでのチェックだったためその他扱い(FGHなど)にした部分あり。ミトコンドリアの時も使った論文です。*14
    10/9追記。Sebjanエヴェンにある「C*?」は、詳細データを見ると「?」になっている部分があり、C以上は判別できず、まだC2の可能性を含んでいると考えられる物だ。ただし、インド系のC1bはロシアのKostenki遺跡から出ており(以前の記事で触れてる)、ツンドラ地帯のハンター(古代北方ユーラシア人)がいた領域からならば、出てもそれほど不思議ではないと思われる。
  • 末尾H (Hammer 2006) Dual origins of the Japanese: common ground for hunter-gatherer and farmer Y chromosomes.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16328082
    日本が主役の既出論文。Rは分別してくれないが、その他の基本はすべて押さえてくれてる。なお「O*」は、O2-M122・O1a-M119・O1b-P31は否定されているが、O1(F265など)の段階はチェックされていない。
  • 末尾X (Xue 2006) Male Demography in East Asia: A North–South Contrast in Human Population Expansion Times.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1456369/
    Pをチェックし、それ以下はR1a1-SRY10831だけ確認している部分あり(シベ族)。このデータにもFGHIに相当するだろう「その他」がある。また「O*」はHammerと全く同じ。
  • 末尾T (Tajima 2004) Genetic origins of the Ainu inferred from combined DNA analyses of maternal and paternal lineages.
    https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14997363
    これも既出論文で、ニヴフのためだけに持ってきた。Pをチェックし、それ以下はR1a1-SRY10831だけ確認しているため、「Q or R xR1a1」とした部分あり。OはO1(xO2-M122,xO1a-M119)です。このデータにもFGHIJに相当するだろう「その他」がある。
  • 末尾K (Kharkov 2014) Gene Pool of Buryats: Clinal Variability and Territorial Subdivision Based on Data of YChromosome Markers.
    https://www.researchgate.net/publication/262959135_Gene_Pool_of_Buryats_Clinal_Variability_and_Territorial_Subdivision_Based_on_Data_of_Y-Chromosome_Markers
    ブリヤートのみだが良い。
  • 末尾DL (Dulik 2012) Mitochondrial DNA and Y Chromosome Variation Provides Evidence for a Recent Common Ancestry between Native Americans and Indigenous Altaians.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22281367
    アルタイのみだが良い。
  • 最後の、末尾にアルファベットを付けていないロシアのデータは(Kushniarevich 2015) Genetic Heritage of the Balto-Slavic Speaking Populations: A Synthesis of Autosomal, Mitochondrial and Y-Chromosomal Data.
    http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26332464
    これは一部だけの抜粋。ただ、一部に100%にならない計算ミスらしきデータがあったため計算し直してる。

 

*1:ちなみに、この人の移動ベクトルの逆転は、日本語のオーストロネシア語族説とアルタイ語族説の関係も変えています。人の移動ベクトルが「南から北へ」で一致してしまったわけだから、もはや二つの説は完全には対立しないんです。最近ずっと、太平洋に拡がったオーストロネシア語族の話をしてたけど、この人たちに関係する移動はその時期の台湾ルートだけとは限らなかったりするわけです。

*2:ただしこの両者の分岐年代ならば、この図よりも古い34500年という数字だった。

*3:夏だけ北へ移動することはあり得る。また、侵入者に追われるなど競争が激しくなったとき無人地帯へ進出したり、獲物が減少したり取り尽くしたりして獲物のいる場所を探して別の地域に移動したり、干ばつなどで水を求めて移動することはあると考えられる。

*4:ほぼ同じ図がwikiにあるが、色替えに失敗して同じ色になってしまっている区分があったり分類がわかりにくかったため、もっといい画像を探し、結局同じ学者の作ったものを見つけ、わかりやすいように自分が加工した。

*5:この障壁の影響でシベリアのマリタ遺跡と東アジアの人間に遺伝的関係が見あたらなかったわけだ。

*6:ソースが探せないけど、アジアでは多様な植物が滅びずに氷河期を乗り越えた、という。

*7:この略称、紛らわしいことに古代中近東のAncient Near EastでもANEになってしまう。困ったことに、古代のancientとアジア・アフリカ・オーストラリア(派生したオーストロアジアとオーストロネシアも紛らわしい)・アメリカ(大陸名と国名で指す範囲が違う)は頭文字が全部Aだし、ヨーロッパとユーラシアとイーストとEarly(EEFとか)もEだったり、いろいろ難しい。

*8:まだヨーロッパ人と言うには早い。この後中東から農耕文化(EEF:Earle Europian Farmer)がやってきます。

*9:ちなみに、「アメリカ先住民(ネイティブアメリカン)」は南北アメリカ大陸全体(北極海カリブ海などの島々含む。グリーンランドも)の先住民を指す。そしてインディアン(アメリンディアン)はその中の特定の集団を指す。中米の先住民はインディオと呼ばれる。また、アメリカ合衆国で先住民と言う場合には、太平洋にいるポリネシア系住民も含まれる場合がある。

*10:寒い冬は南下し、暖かい夏だけ狩りのために北へ遠征する可能性はある。発見された極北の遺跡も季節的なものかもしれないのだ。

*11:まさに日本はQがほとんど出てこないため、調査を省かれちゃったりする。

*12:ロシアにいるアイヌなど、一度も調査対象になっていないらしき民族も結構ある。ウィルタ(Orok)のデータも見なかった。なおこの地域には名前の紛らわしい「Oro」(トナカイ)民族がいくつもいて、表のオロチョンOrochon(Oroqen)は別の民族の一つ。別にOrochとかUlchもいて本当に紛らわしい。

*13:ツタンカーメンまでもM269だ。

*14:なお、エヴェンキの一群にあるStonyTunguskaは、英語の文字通りの「石だらけのツングースカ川」(ロシア語でPodkamennaya Tunguska)のこと。ちなみにこのあたりがツングースカ大爆発の起こった場所だったりする。